藤子Ⓐ作「野仏」もう1枚 亡父に贈られ「家宝に」 氷見・日詰さん、巨匠との縁に感謝

藤子Ⓐさんが描いた野仏の絵を眺める日詰さん=氷見市窪

  ●生家所蔵のついたてと同じ絵

 氷見市出身の漫画家・藤子不二雄Ⓐさん(本名・安孫子素雄、元富山新聞記者)が描いた「野仏(のぼとけ)」の絵の掛け軸が、同市窪の表具師日詰進さん(69)宅にあることが分かった。丸の内にある藤子Ⓐさんの生家・光禅寺所蔵と同じ絵で、大工だった亡父外之さんが寺の改修に関わった縁で贈られたという。藤子Ⓐさんは今年生誕90年を迎える。日詰さんは漫画界の巨匠との縁に感謝し、足跡をしのんでいる。

 日詰さんは光禅寺の門徒。絵は光禅寺の庫裏(くり)の改修を担うなどした外之さんの長年の貢献に感謝し、贈られた。絵には野仏がさまざまな表情で描かれ、ほのぼのした雰囲気が伝わる。

 藤子Ⓐさんは野仏の絵を2枚描き、1枚はついたてにして光禅寺に置かれている。ついたては「笑ゥせぇるすまん」の主人公・喪黒(もぐろ)福造(ふくぞう)ふうの達磨大師の絵が描かれていることで知られ、野仏の絵は裏面にある。寺の絵は草が黄緑色に着色されているのに対し、日詰家の絵はモノトーンという違いはあるが、絵自体は同じ図柄となっている。

 日詰家ではしばらくはそのまま保管していた。進さんは藤子Ⓐさんの思いに応えるために20年ほど前に自ら掛け軸に表装した。

 絵は縦105センチ、横115センチ。掛け軸は縦210センチ、横150センチになる。深い緑と緑の四角形を組み合わせた模様と、空をイメージにした青色で構成した表装となっている。日詰さんは絵が浮かび上がって見えるような背景をイメージしたと振り返る。

 掛け軸は富山県内で開かれた表装展に1度出展した以外は一般に披露したことはない。1年に1度、家で広げて虫干しにし、傷まないように心掛けてきた。

 日詰さんは野仏の絵について、藤子Ⓐさんが生家の寺のためだからこそ描いた大作の絵と想像。晩年は仕事が多忙で大きな絵を描かなくなったと聞いており、2022年に藤子Ⓐさんが亡くなったことで大事にしようとの思いがさらに強くなったという。

 日詰さんは「見てほしい気持ちはあるが、気の張るものなのでたやすく掛けられない。家宝のようなものです」と話している。

  ●生誕90年事業を検討 新年度に氷見市

 氷見市は藤子Ⓐさんの生誕90年の記念事業について、新年度に実施する方向で、藤子スタジオなどと検討を進めている。

藤子不二雄Ⓐさん

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