社説:新しい年に 持続可能な真の豊かさ目指し

 紅蓮(ぐれん)の炎に木くずが踊る。その威力で巨大な蒸気タービンを回し発電する。岡山県真庭市の木質バイオマス発電所である。

 出力1万キロワットは、一般家庭2万2千世帯分の年間量に相当する。市の世帯は1万7千世帯。直接供給は役所や学校など公共施設で、あとは送電網を持つ中国電力に売っているが、広義ではエネルギーの「地産地消」に近づく。

 燃料は市内15の林業事業者が持ち込んだ間伐材や端材。売電収入は事業者などに支払った上、年1億~2億円の黒字が残る。「産業廃棄物になる木くずが、バイオ発電で経営の支えになり、地域貢献もできる」と業者側も喜ぶ。

 主導したのは太田昇市長(72)だ。京都大を卒業後、京都府庁入り。財政課長や総務部長などを経て副知事になったが、10年前に故郷から請われて転じた。岡山県中部の真庭市は、京都なら人口、面積とも南丹市をやや大きくした規模という。役所を「市民の幸せづくりと、地域の価値増進を応援する条件整備会社」と位置づけ、市域の8割が森林で観光地「蒜山(ひるぜん)」を有する特徴を生かす。

 掲げたのは「地域で回る経済」。「バイオ液肥」にも注力する。家庭の生ごみに、し尿などを混ぜて発酵させ、農業肥料をつくる施設が今年稼働する。ごみ削減と農業振興に加え、液肥で育てた安全な食材を味わえる施設を拠点に雇用も広げている。「少子高齢化の中でも、つながりを強め、豊かさを実感できる市にしたい」

循環型の社会経済へ

 先年亡くなった経済評論家の内橋克人さんは、マネー拡大に偏った資本主義は「人を幸せにしない」と批判。地域の人々の連帯、参加、共生でつくる「FEC自給圏」の必要を提唱した。Fはフード(食料)、Eはエネルギー、Cはケア(介護、相互支援)を指す。真庭の試みと響き合う。

 どこでも同じことはできないが、「地域循環」の発想は京都や滋賀でも参考になろう。
例えば京都市。観光の消費額は年1兆円を超えるというが、東京や外国の資本に富が流れていないか。「夜の観光」奨励はエネルギーの浪費にならないか。高級ホテルは増えたが、地価高騰から子育て世帯の市外流出を招いた損失は―。そんな視点で各施策を点検すれば、ほころんだ地域を編み直すことにつながるかもしれない。

 まちの資源と住民に根ざした循環型の社会経済づくりは、欧州の国や地域でも実践が進む。再生可能エネルギーの開発、農林業再生による食料自給率向上、人をつなぐ安全網の再構築などが柱とされる。災害など不測の事態に強く、温暖化防止にも貢献し、不安定な時代を乗り切る土台になる。

 昨年の先進7カ国(G7)の会議で議題になり、岸田文雄首相も先般、臨時国会の所信表明で「循環経済」の実現に触れた。

深まる分断と格差

 背景には、自国の成長だけを追求する資本主義が行き詰まり、各地で分断と格差を広げている現状がある。そこに領土や宗教が絡む。一昨年のロシアによるウクライナ侵略に続き、昨秋はパレスチナ自治区ガザで、イスラエルとイスラム組織ハマスが衝突した。

 背後で経済対立を強めるのは米国と中国である。ただ、ともに内情は厳しい。今年11月の米大統領選を前に、バイデン大統領は外交や財政に制約を受ける。中国も人口減少に不動産不況が重なり、経済失速が明らかになっている。

 変化を見極め、自負する「橋渡し役」へ踏み出すべき日本であるはずだが、存在感の希薄はもどかしい。昨年5月に広島でG7サミットを開き、各国首脳に原爆の惨禍を示した意義は認めるが、被爆地選出の首相に期待された「核廃絶」は打ち出せなかった。

 外では米国の意向を優先する岸田政権は、国内で自民党派閥に配慮を重ねる。内向き政治の揚げ句が、年末に発覚した最大派閥・安倍派を中心とした裏金事件である。派閥が政権の足をすくう形になったのは皮肉というほかない。

「経済大国」「成長」の次

 早期退陣論もくすぶる中、9月の任期切れに伴う自民党総裁選にかけ、政治の漂流が続くのか。

 首相が自民党の解体的出直しを覚悟できるなら、求心力の回復に向けて初心に戻ってはどうか。

 一昨年、党総裁選立候補での言葉だ。「富める者と富まざる者の分断、格差が拡大している。人は成長だけでは幸せを感じられない。新しい資本主義を構築する」

 認識は正しい。だが「貯蓄から投資」を奨励しても、国民の懐は円安による輸入インフレなどで先細る一方である。当初意欲を示した金融所得課税の強化などで再分配を強化するのに加え、循環型の社会経済へ踏み込むべきだ。

 昨年のGDP(国内総生産)で日本はドイツに抜かれ、4位になるという。人口増で躍進する5位インドも迫る。「経済大国」の意識を改め、人口減を前提に「持続可能性」を施策の軸に据える。必然、財源が不確かな防衛費「倍増」や、廃棄物の後始末と過酷事故リスクの構造欠陥を抱えた原発の推進は見直さざるを得まい。

 地域社会からも声を高めたい。

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