<4>第二の家、心に「ずっと安心感」 妹が出産、家事手伝う母親の姿も 希望って何ですか

居場所を訪れ、昨年10月下旬に生まれた甥の写真を畠山さん(左)に見せる一生さん(右)。自然と顔がほころんだ=2023年12月8日夕、日光市内

 中学生の頃まで、衣食住がままならない暮らしを余儀なくされていた一生(かずき)さん(25)。あれから10年余りたった昨年10月下旬、5歳違いの妹に男の子が生まれた。一生さんは伯父さんになった。

 「おめでとう!」と記者が声をかけると、苦笑した。

 「でも、妹に子どもができたという報告も、生まれたという知らせも、きっと畠山さんの方が先に知っていたと思いますよ」

 日光市内のNPO法人代表、畠山由美(はたけやまゆみ)さん(62)の元には一生さんよりも先に、妹からも母親からも連絡が行っていた。

 お祝いを兼ね、一生さんが赤ちゃんの顔を見ようと県外にある妹夫婦宅を訪れると、現在は独り暮らしをしている母親の姿があった。

 娘の産後の肥立ちを気にかけ、家事を手伝いに来ていた。洗濯し、簡単ながら夕食も用意していた。かつてなら、想像しづらい光景かもしれない。

 畠山さんに支えられ、一生さん家族は「当たり前の幸せ」を手にしている。

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 付かず、離れず。畠山さんは、出会ってから10年以上がたっても一家を見守り続けている。支援のゴールとは、と問うと、「一生君に関して言えば目標達成だと思っている」という。

 子どもが育ち、社会に出て、自分の力で生活をしていく。それが「支援の一つ目の目標」。でも、畠山さんの願いはもう一つある。「人生を楽しむというか、自分のやりたいことをやれるようになること」。生活するだけでなく、人生の豊かさを味わってほしい。

 「ひだまりが一つの家庭のモデルとまでは言わないし、結婚が全てではないけど、でもやっぱり、彼が今後築く家庭が、裕福でなくても笑って食卓を囲めるようなものであってほしい。それを見られたら本望かな」とほほ笑む。

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 一生さんは高校生の途中から、畠山さんが開設した母子の居場所「ひだまり」には通っていない。生活はもちろん、学習面での心配もなくなっていたからだ。

 でも、心の中に「ずっと安心感がある」という。

 「畠山さんはいつでも手を差し伸べてくれる」

 だから、ひだまりは「第二の家」。母親も、ちょっと困ったことがあると畠山さんに相談しているようだ。

 「子どもと遊ぶのが好き」という一生さん。この間も、会社の先輩と、その子どもも一緒に宇都宮市内に出かけてきた。

 将来の目標というわけではないが、「20代のうちに結婚したいかな。子どもと一緒に全力で体を動かせた方が楽しそうなので」とはにかんだ。

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