長崎「二十歳のつどい」で謝辞 知的障害の岡野さん チャレンジする大人に

野球部でのかけがえのない経験を胸に成人の日を迎える岡野さん。「背番号18は三井楽中の仲間からもらった宝物」と話す=長崎市田中町

 「人が好き」「明るい」「笑顔がすてき」「物おじしない」「誰にでも分け隔てない」…。両親の口からこぼれるように出てくる数々の言葉に照れくさそうにはにかむのは、長崎市田中町の岡野健人さん(19)。ダウン症で知的障害がある。「どんなことにもチャレンジする大人になる」。中学時代、野球に打ち込んだ経験を胸に、1月8日、同市の「障がい者『二十歳のつどい』」で出席者を代表して謝辞を述べる。
 3人きょうだいの末っ子。家族からたっぷりと愛情を注がれて育った。母美樹さん(58)は多くの経験の機会を与えた。「できることを増やしてほしい」という思いからだった。
 またとない経験を積めるチャンスをつかんだのは中学時代。教職に就く父祥士さん(56)の転勤に伴い、2年間過ごした五島市立三井楽中でのことだ。顧問の誘いで野球部に入り、毎日仲間と白球を追いかけた。素振りなどの自主練習も欠かさなかった。背番号「18」を付けて試合に出場。部員の一人として、仲間と同じ目標に向かって励んだ。
 その後、転校した長崎市立東長崎中でも野球部に所属。次は背番号「17」を付けてプレー。多くの仲間と二つの中学校で過ごした日々は、健人さんにとってかけがえのない時間となったとともに、自信も付いた。
 来月、20歳を迎える息子を前に、祥士さんと美樹さんは「幼稚園の頃から皆勤賞が自慢。病気になることなく、元気に育ってくれて本当によかった」と、わが子の成長をかみしめる。
 健人さんは現在、同市の就労継続支援B型事業所に勤務し、福祉用具のメンテナンスなどを担当。趣味は相変わらず野球で、自宅ではプロ野球名鑑を食い入るように読み、本県出身の選手はチームを問わずに応援している。
 米大リーグのドジャースに移籍が決まった大谷翔平選手と山本由伸投手の背番号に触れながら「同じ『17』と『18』やけん、自分もがんばらんば」。屈託のない笑顔で周囲を優しく包む。

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