教壇の次はカレー屋さん 長崎の寺澤さん夫婦 春の開店へ二人三脚 誰もがふと立ち寄れる場に

二人三脚で新たな道を歩んでいる祥さん(左)と智恵さん=長崎市桜馬場1丁目

 子どもたちの成長を感じる日々は充実感に満ちていたという。ただ、別の世界も見てみたかった。いずれも元教諭の寺澤智恵さん(35)、祥(あきら)さん(31)=長崎県長崎市=は2年前、教諭生活に別れを告げ、二人三脚で新たな道を歩んでいる。教壇の次は小さな料理店。子どもも、大人も、困った時にふと立ち寄れるような場所に。春の開店に向け、そんな夢を描く。
 同市出身の2人。2015年4月、智恵さんは国語教諭として、祥さんは地理教諭として同市内の県立高に着任した。互いの性格分析では、智恵さんは「破天荒」で祥さんは「冷静」。それでも不思議と価値観は似ていた。翌年、結婚。17年4月から智恵さんは大村市、祥さんは佐世保市の県立高に異動となった。
 祥さんは部活の顧問も担い、やりがいを感じつつも、大村の自宅にへとへとで帰る毎日。高校教諭同士の生活は「想像以上に厳しかった」(智恵さん)。2人で相談し、翌春、智恵さんは学校種を変更し、東彼川棚町の小学校に赴任した。
 智恵さんに時間の余裕が生まれ、生活は改善。そんな時、2人にとってターニングポイントとなる出来事が起きる。19年12月、五島市に暮らす智恵さんの祖父と突然の別れが訪れた。島のゲストハウスに泊まり、ゆっくりと流れる時間の中で「懸命な毎日」を一緒に振り返った。「できるうちに2人でやれることをやりたい」「もっと家族と過ごしたい」-。
 それから1カ月後、新型コロナウイルスという未知のウイルスが現れ、学校現場は休校など先の見えない対応を強いられた。思い知らされたのは普通が普通ではないということ。同時に、限られた人生で「何を大切に生きるか」がはっきりした。22年3月にそろって退職した。
■縁にも支えられ
 夫婦が「次」に選んだのはカレーだった。智恵さんが、インドカレー店を営む教え子の保護者から本場の味を伝授してもらい、自ら学んだスパイスの知識もプラス。身体と心を温める「日本人にとってみそ汁のようなカレー」を目指し、味を追求している。
 現在は店舗がまだなく、イベント会場などで不定期に提供。教諭時代の仲間や教え子も来てくれて、交流サイト(SNS)を通じて応援の声も届く。「この前、高校時代にやんちゃだった子が(社会人になって)『これ、菓子折り』って会いに来てくれたんですよ」。成長をうれしそうに話す2人の表情にちょっとだけ教諭の顔がのぞいた。
 2人は退職後、サウナにもはまった。広がっていたのは職業も年齢も関係ない世界。「裸の付き合い」(祥さん)で出会った経営の先輩たちは、今ではよき相談相手に。さまざまな縁にも支えられている。

春の開店に向け、改修が進む空き家=長崎市富士見町

■春の開店目標に
 雪がちらちらと降る年の暮れ、長崎市富士見町の空き家に2人の姿はあった。祥さんの実家に隣接し、元々は親戚が住んでいた家。「家族と過ごしたい」という思いも実現するため、夢の拠点をこの場所に決めた。家族らのサポートを受けながら、春の開店を目標に改修作業を続けている。
 料理店はカレーを看板メニューに、昼は定食、夜はお酒も提供する予定だ。祥さんは「まだまだ『ままごと』のような状態。まずは軌道に乗せないと」と冷静に現状を見つめる。
 智恵さんの視点は少し先だ。共働きで忙しく親子の時間は減り、地域と家庭が遠くなっている。教諭時代に感じた課題に向き合える場所にもしていければ、と言った。「困ったらカレー屋さんに」でいい。子どもを見守り、疲れた大人を癒やす。そんな居場所が増えていけばうれしい、と。優しい理想に向かって2人で歩む日々は、充実感に満ちている。

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