[社説]大浦湾埋め立て着工 海と自治を壊す愚行だ

 濃紺の深い海は透明度が高く、晴れると遠い底がまるで目の前にあるように錯覚する。世界有数の巨大サンゴ群落が広がり、約260もの絶滅危惧種を含む5300種以上の生物を育む-それが大浦湾だ。

 その海を埋め立てる愚行ともいえる工事が始まった。

 名護市辺野古の新基地建設を巡り、政府は大浦湾側の工事に着手した。10日正午過ぎ、2台のショベルカーから海へ石材が投下された。

 大浦湾側の埋め立ては、先月の福岡高裁那覇支部の判決を受け、斉藤鉄夫国土交通相が沖縄防衛局の設計変更申請の承認を代執行したことで可能になった。

 玉城デニー知事は埋め立てを承認していない。自治体の権限を国が奪う前例のない「強権」である。

 着工は当初12日に予定されていた。県は実施設計に基づく事前協議が終わるまで着手しないよう求めていたが、林芳正官房長官は「準備が整った」と前倒しの理由を述べた。

 ただこの日の大浦湾は強風が吹き、投下作業は度々中断された。市民らの反対運動を避けるため着工を急いだとしか思えない。

 工期は9年3カ月に及ぶ。その後供用開始までに3年を要するという。

 全ての埋め立てに必要な土砂量は約2020万立方メートル、その約85%が大浦湾側に投入される。

 玉城知事は「必要性や合理性のない工事の強行は甚大な問題をもたらす」と批判した。

 豊かな海と自治の破壊につながる強行に強く抗議する。

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 大浦湾側には「マヨネーズ並み」といわれる軟弱地盤も広がり、約7万本の「砂杭(ぐい)」を打つ工事は難航が予想されている。

 大規模な地盤改良は、技術上の課題はもちろん、環境面でも問題をはらむ。水質が変化し、サンゴへの悪影響を指摘する専門家も少なくない。

 埋め立てに投入される大量の土砂をどこから調達するかという懸念も残されたままだ。

 防衛省は採取候補地に糸満市などを加えるが、沖縄戦で激戦地となった本島南部の土砂には戦没者の血が染み込んだ遺骨が混じっている可能性がある。

 沖縄戦遺骨収集ボランティア「ガマフヤー」代表の具志堅隆松さんは同日、抗議のハンガーストライキに入った。「新たな基地建設に使用することは人道上許されない」との切実な声に、国は耳を傾けるべきだ。

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 米国の海洋学者らでつくるNGOは、辺野古・大浦湾一帯を生物多様性の豊かな「ホープスポット」(希望の海)に選んだ。

 海中に山のようにそびえるアオサンゴ群落は千年以上かけて成長したといわれる。大浦湾では、それらのサンゴとジュゴンやマングローブ、泥地などが生態系の微妙なバランスを保ってきた。新基地建設はその生態系に不可逆的な変化を与える。

 世界有数の「宝の海」が代執行で埋め立てられようとしているのだ。失われるものはあまりに大きい。

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