とろろの食べ方は地域によって全然違う!? 味噌汁をミックス “だし”にはアユや黒はんぺんまで

「梅若菜 丸子の宿の とろろ汁」

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穏やかな春先の旅路で足を止め、旅人が精がつくとされているとろろ汁を味わうという、のどかな風景を描写した松尾芭蕉の句は、江戸時代から静岡市駿河区の丸子地区が宿場町としてにぎわい、峠を越える前のスタミナに、また、峠越えで疲れた体へのエネルギーチャージに「とろろ汁」が人気だったことを伝えています。

「とろろ汁」は現在でも静岡県中部の郷土料理として広く親しまれています。粘り気の強いイモをすりおろし、「だし」で伸ばしただけの「とろろ汁」。しかし、静岡県には実に幅広いレパートリーが存在しているのです。

長芋と自然薯はどこが違うか知っていますか?

まずは、とろろ汁に使われる「ヤマノイモ」の種類について、とろろ汁について研究を続ける静岡県立農林環境専門職大学教授の前田節子さんに聞きました。前田さんによると国内のヤマノイモは4つに大別できるのだとか。「長芋群、銀杏芋群、つくね芋群の3種類があります。それに自然薯が加わり、ヤマノイモと総称します」と説明します。

スーパーでよく見かけるのが「ながいも群」です。主に北海道や東北から中部地方で生産され、粘りはそれほど強くないのですが、棒状に成長し収穫性が高いことが特徴です。

いちょういも群」は銀杏の葉のような形で、関東地方などでよく栽培されていて、粘りは長芋より強く、中程度だということです。

関西から中国、四国、九州地方で盛んに作られているのが、大人の拳のような塊状の「つくねいも群」で、粘りはさらに強くなります。

最後は日本の在来種の自然薯。粘りが最も強い品種だということです。

前田さんは静岡県では粘りが強い自然薯が好まれるため、味噌汁のようなしっかりとした味わいのだし汁を入れて延ばしてちょうどいい口当たりに調整し、粘りが少ない長芋を使う地域では、醤油や卵で十分な口当たりになったのではないと考察しています。

意外と知られていない⁉歴史もある静岡の名産品「自然薯とろろ汁」

静岡の名産といえば、まず思い浮かぶのがお茶とミカン。魚介類ではマグロやウナギ、サクラエビなど美味しい名産がたくさんありますが、自然薯を使ったとろろ汁は意外と知られていません。

古くは江戸時代の十辺舎一九の東海道中膝栗毛で東海道五十三次の20番目の宿場であった丸子宿(現在の静岡市駿河区)の名物として登場していて、歌川広重の浮世絵でも、とろろ汁が紹介されています。

創業400年以上の静岡市の老舗では自然薯のとろろにカツオだしの味噌汁

静岡市丸子でとろろ汁を提供している、創業400年以上という丁子屋の14代目店主も、自然薯のとろろ汁は静岡を代表する伝統食だと言います。

<丁子屋 14代目丁子屋平吉こと 柴山広行さん>
「丁子屋は自然薯でとろろ汁をつくってきたからこそ、こんなに長く親しまれているのだと思います。自然薯は日本在来の作物で、代々種が受け継がれてきた食材。丸子の自然薯は香り、粘りは他にない名産品だと思います」

丁子屋で提供しているのは、とろろを鰹だしの味噌汁で伸ばしたものだそうです。

とろろ汁の伝承者ともいえる柴山さんですが、県内にカツオ以外のだしを使ったとろろ汁があることを知ったのはつい十数年前。「うちは少なくとも100年くらい前からずっとカツオだしと味噌汁でやっていたので、自然薯の生産者からカツオ以外のだしも使われていることを知らされてびっくりしました」

前田教授は実際に静岡県内22か所を回り、飲食店や家庭でとろろにどんなアレンジをしているのかを調べました

とろろの”だし”の勢力図

「山には山の、川には川のとろろ汁が存在しているのが静岡県なんです」前田さんは県内22か所でフィールドワークを行い、地域の飲食店や家庭が「とろろ」にどんなアレンジをしているのかを調べました。それによると、静岡県東部地域ではカツオだしに醤油が優勢。富士川より西の静岡市域になると丁子屋を代表に、カツオだしの味噌汁がメジャーな組み合わせになります。ところが、静岡市の西隣、焼津市に入るとサバだしが徐々に増えてくるそうです。

<静岡県立農林環境専門職大学 前田節子教授>
「焼津はカツオの水揚げ量が多く、鰹節の生産が盛んなのですが、同じ焼津でも小川港はサバの漁獲量が多い。こうした事情からカツオとサバの2つのだしが入り交ざっているのではないでしょうか。サバだしを使う場合は、だしとしてだけでなく、身も入れることが多いのも特徴です」

さらに西の島田、菊川・掛川地域になると「サバだしの味噌汁」で伸ばす調理法がさらに優勢になるのですが、浜名湖近くになると、今度はボラやハゼなどの地魚を使っただしが幅を効かせてくるのです。

とろろ+アユに黒はんぺん、イセエビのだし…

<静岡県立農林環境専門職大学 前田節子教授>
前田教授は「山の方に行くと煮干しやシイタケのだし、川沿いの山間部だとアユだしもあるし、面白いところだと川根本町の千頭地区では黒はんぺんをだしに使っているところもあります。伊豆ではさらに地域性が強く出ていて、イセエビが獲れる下田地域ではイセエビだし、西伊豆のサンマが揚がる松崎だとサンマだしもあるので、その地域で手に入りやすいものを上手く使ってきたのが、地域の食文化となってきたと思います」と分析しています。

自分の住む地域では当たり前だと思っていても、少し川を挟んだ隣の地区に行くと、違う食文化が見られるということも、意外と多くあるのかもしれません。

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