社説:ALS嘱託殺人 患者の「生」支える議論こそ

 難病の筋萎縮性側索硬化症(ALS)を患う女性から依頼され、薬物を投与して殺害したとして、嘱託殺人などの罪に問われた医師の裁判員裁判が京都地裁で始まった。

 嘱託殺人について弁護側は、事実関係を認めた上で、被告の行為を刑法で処罰することは憲法13条の幸福追求権に違反し違憲だと主張した。

 刑法の条文を違憲と主張するのは異例のことだ。事実に基づいた丁寧な審理を望む。

 同時に、地域で暮らす難病患者たちの今と取り巻く状況を冷静に見つめ、今回のような事件をどうすれば避けられるのか、広く社会で議論したい。

 これまで日本で、いわゆる「安楽死」の是非や終末期医療の在り方を巡って大きな関心を呼んだ事件では、病院の勤務医が当事者だった。

 医師が筋弛緩(しかん)剤を患者に投与し殺人罪で起訴された川崎協同病院事件では、病院の内部調査委員会が検証し、行政の立ち入り調査もあった。

 刑事責任の問題とは別に、患者の意思確認やチーム医療が機能していたかなど、構造的な医療福祉の在り方を検証することは今後に向けて意義が大きい。

 ところが、京都市のALS患者嘱託殺人事件の被害者は、地域の医療や福祉を利用して在宅生活を送っていたため、検証の主体があいまいなまま、手がつけられていない。

 女性は外出機会もほとんどなく、自殺を勧めるSNSにアクセスしていた。地域のネットワークが十分機能していたのか。保健所や相談窓口を含め、難病患者サポート体制を今からでも検証し、患者の「生」を支える議論につなげるべきだ。京都府や京都市は検討してほしい。

 入院中心から、地域で患者が療養生活を送る体制への転換は国際潮流である。国内でも積年の課題だが、歩みは遅い。

 厚生労働省は、新年度予算案の重点事項で「包摂社会の実現」を掲げ、障害者支援推進、困難な問題を抱える女性支援、自殺総合対策を挙げている。

 今年は診療報酬と介護報酬、障害福祉サービス報酬の同時改定の年で、障害福祉の現場で働く人の収入が24年度に2.5%のベースアップになるよう配分方法を工夫するともいう。

 重度の難病患者の生きる希望を地域で支えるには、担い手の労働環境の改善が欠かせない。

 だが、過去の報酬改定では総額を増やしても現場のヘルパーの時給増につながらず、利益重視で参入する事業所などによって、虐待事例や不適切な会計処理の発覚が相次いでいる。

 医療や福祉の質向上に向け、経営状況をチェックする体制の再構築が欠かせまい。

 どんな障害があっても、その人らしく暮らせる社会へ何ができるか。近く開く国会でも党派を超え、議論してもらいたい。

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