「黙秘権」を行使したら罵倒され続ける… 元弁護士の国賠訴訟で検事による「取り調べ映像」が異例の公開

江口大和元弁護士(左から2番目)、原告訴訟代理人の弁護士三名(1月18日都内/弁護士JP編集部)

2024年(令和6年)1月18日、自身の罪が問われた刑事事件手続きにおける取り調べの際に検察官から罵倒や侮辱を受けたとして、国に対して損害賠償を請求する民事訴訟の本人尋問が行われ、原告である江口大和元弁護士が証言を行った。法廷では、実際の取り調べの内容を録画・録音した映像が再生された。

異例の「取り調べ映像」一般公開

2018年(平成30年)10月、弁護士として担当していた事件の関係者に虚偽の事実を供述するよう頼んだとして、江口元弁護士は犯人隠避教唆罪で横浜地検特別刑事部に逮捕される。江口氏は一貫して無罪を主張して黙秘権を行使し続けていたが、2023年(令和5年)の9月に有罪が確定し、懲役2年、執行猶予5年の判決が言い渡された。

この事件の取り調べの際に取調官の川村政史検事(横浜地検)から侮辱をされ、黙秘権や人格権を侵害する不法行為があったとして、2022年(令和4年)3月、江口氏は国に計1100万円の損害賠償を求める民事訴訟(国家賠償請求訴訟)を起こす。

該当の事件では検察官による独自捜査が行われたため、取り調べの様子は録音・録画されていた(現行法では、裁判員裁判対象事件・検察官独自捜査事件にのみ、身体拘束下の被疑者取り調べの全過程の録画が義務付けられている)。東京地裁の勧告により、2023年2月に国側は約2時間20分の映像を証拠として提出。18日の本人尋問では、裁判所が「必要な範囲」として認めた、計約13分の映像が再生された。

法廷で再生された映像は、尋問終了後の18日15時から弁護団のYouTubeチャンネルで一般公開されている。

「川村政史検事による取調べ動画(法廷再生版)」/江口大和違法取調べ国賠訴訟弁護団

動画には、窓のない殺風景な部屋のなかで、黙秘を続ける江口氏に対して検事が一方的に言葉を浴びせ続ける様子が映っている。

通常、取り調べ映像が刑事裁判で提出された場合にも、「証拠の目的外使用の禁止」に抵触するため同じ映像を民事裁判の原告が証拠にすることはできない。地裁の勧告により被告である国が取り調べ映像を提出して一般公開も可能になった今回は、異例の事態だ。

「僕ちゃん」と侮辱、弁護士としての能力を揶揄、「子どもが泣いている」…取り調べの実態

本人尋問は、取り調べの際に川村検事から江口氏になされた一連の発言について、録音映像を都度再生した後に各発言について江口氏の抱いた心証を弁護士が尋ねる、という流れで進行した。

映像のなかで、検事は江口氏に対して「ガキ」「お子ちゃま」「僕ちゃん」「社会性がない」と江口氏を子ども扱いして侮辱する言葉を何度も投げかけていた。

また、「どうやったらこんな弁護士ができあがるんだ」「僕ちゃん強くないし。弁護士として。」「弁護士全体の品位をね、おとしめるようなことになってしまったと、そういうふうに泣きながら言うしかねえんだよ」「刑事弁護だけじゃなくて、弁護士自体資格がないんですよ、あなたには。なかったんですよ。それを実感できたでしょ、こうなって。だから諦めてください。もう無駄なんだから。」など、江口氏の弁護士としての能力を揶揄(やゆ)する言動が多数。

江口氏の中学校時代の成績表を見たと述べてから「あんまり数学とか理科とか理系的なものが得意じゃなかったみたいですねえ。なんかちょっと論理性がさあ、なんかずれてんだよなあ。」と検事が語る場面もあった。取り調べの当時、江口氏は「中学校時代のことがこの事件となんの関係があるんだ」と思った後に、検事がわざわざ中学校に問い合わせて証拠として成績表を請求したことに思いを巡らし「そこまでするのか」と恐怖したという。

さらに、検事は「中野先生とかねえ宮村先生(江口氏の担当弁護士)だっておそらく本当の事実関係知りたいと思ってるはずだと思いますよ」「証拠関係見れば、そりゃああなたの言ってることが正しいかどうかってあの日たちもまあ私から見ればすごくまともな方々だから。そりゃわかりますよそんなの」「かわいそうですよ、宮村先生とかも。宮村先生の評価も落ちちゃってるんだから」と、担当弁護士たちも江口氏のことを疑っているように示唆して江口氏の不安を煽り、担当弁護士と江口氏の心理的な距離を引き離そうとした。心証を問われた江口氏は、疑心暗鬼になったタイミングもあると述べつつ「自分が逮捕されたことで周りの人に迷惑をかけたくないと思っていた」と語り、勾留から解放された後の精神的なよりどころとなる、身近な人たちとの関係が攻撃されていたことに苦々しい思いを示した。

法廷で上映された録画には収められていなかったが、検事は江口氏の逮捕後に妻や両親にも取り調べ行い、その後「子どもが夜に泣いているそうだ」「お母さんが動揺していた」「お父さんは強がっていたが嘘をついている」と事細かに江口に報告。さらに「黙秘していると保釈まで半年以上かかるが、家族はどうなると思っている」「父親として、夫として、無責任ではないか」と不安を煽ったという。

尋問の最後に、「サンドバッグのように一方的に罵詈雑言を浴びせ続けられ、精神的な拷問だった」と江口氏は述べた。

江口大和元弁護士(1月18日都内/弁護士JP編集部)

「黙秘権」が全く守られていない現状を訴える

従来、日本の刑事司法制度は否認供述や黙秘している被疑者や被告人に対しても、長期間勾留することで自白等を共有する「人質司法」になっている、という問題が指摘されてきた。

判決後の記者会見で江口氏と弁護団がとくに強調したのは、現状の刑事手続きでは憲法第38条で保障されている人権であるはずの「黙秘権」が全く守られていない、という問題だ。

江口氏の身体拘束は21日間、取り調べ時間も合計で56時間22分にわたったが、江口氏は黙秘を貫くことができた。しかし、それは「江口氏が耐えることができたから」に過ぎず、「本来の黙秘権の趣旨を考えれば、黙秘を続けている人に対してあのような取り調べをしてはいけない」と、弁護団の趙誠峰弁護士は会見で語った。

高野傑弁護士は、黙秘をしている人に対しても「説得」をすることは法律上は認められているが、その「説得」の実態は映像のなかで川村検事が行っていたような威圧や脅しや侮辱を含むものである、という問題を指摘。

また、宮村啓太弁護士は「(江口氏が行ったように)がんばり続けて黙秘を貫く、というのは憲法上の権利の行使ではなく、ただの我慢」であると表現。憲法上の黙秘権を実際に守るためには、黙秘権を行使された段階で検察官は取り調べを終了する必要がある、と論じた。

国側は、川村検事の言動は江口氏に対して「反省を促す」ためのものであるにすぎないとして、取り調べは適法であったと主張している。

名目上、刑事事件で取り調べられる対象は「事件に関係のあること」だけとされている。しかし、検事は江口氏の中学校の成績まで掘り返して、家族のことまで持ち出した。今回の取り調べ映像をきっかけに「このこと(取り調べの実態)をみんなに知ってほしい」と江口氏は語った。

訴訟では、「人格権」の侵害、「弁護人との関係」の侵害、そして「黙秘権」の侵害に対する賠償が請求されている。次回の期日(裁判手続き)は4月11日。

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