長崎のスタントマン 佐藤憲さん(54) 出演作多数、放送中の月9も支援 磨いた技で命守る活動も 

ドラマの撮影現場でスタントマンに演技指導する佐藤さん(右)=長崎市、眼鏡橋

 あるときは火だるまになり、またある時は車で建物に突っ込んで-。スタント専門会社アッシュネクストプロモーション(長崎県諫早市)の代表、佐藤憲(ひろし)さん(54)は映画などで派手なアクションをこなす現役スタントマン。生傷の絶えない仕事だが、交通事故の危険性を実演で訴え続けてきた。後進の育成にも力を込める。

 今年スタートした月9ドラマ「君が心をくれたから」(KTN)。その撮影が昨年11月下旬、長崎市の眼鏡橋であった。「絶対に頭を打たないように」。俳優の山田裕貴さんが飛び石から川に落ちるシーンで、代役を務める社員のスタントマンに佐藤さんは何度も注意を促した。衣装の替えがなく、撮影のチャンスは1回きり。落ちる場所や体勢を入念に確認した。「カメラが回るとアドレナリンが出て、動きがオーバーになる。口酸っぱく言わないと」

◆全身を計100針
 諫早市出身で高校卒業後、俳優を目指して上京し養成所に入った。「何か特技を身に付けなければライバルたちに埋もれる」と考え、21歳の時、スタントに力を入れる芸能プロダクションに入社。そこで才能を見いだされ、この業界にのめり込むようになった。「先輩たちを出し抜きたい」との一心で、走行中のジェットコースターから10メートル下の地面に飛び降りたことも。自ら望んで危険な撮影に身を投じた。
 カースタントや武術も習得しようと、都内の会社を渡り歩き、「踊る大捜査線」シリーズなど数々の映画やドラマに出演した。ただ常に、けがのリスクと隣り合わせだった。29歳の時にはテレビ番組の撮影中に首の骨を折り、半年間通院した。あと少し打ちどころがずれて神経を損傷していれば、首から下の感覚を失う恐れもあったという。30歳までに全身を計100針ほど縫い、深さ5センチ程度の裂傷ならテープを巻いて自分で治療できるように。「医者に『うまくくっついている』と褒められた」と笑って振り返る。

◆遺族の思い
 40歳から始めたのが「スケアード・ストレート」。交通安全教室でスタントマンが事故を再現し、見学者にあえて恐怖心を持たせて危険な行為を避けるようにする手法だ。
 忘れられない出来事がある。「これからもずっと、この教室を続けてほしい」。そう声をかけてきたのは、子どもを交通事故で亡くした夫婦だった。佐藤さん自身もバイク事故で前十字靱帯(じんたい)を損傷した経験があり、怖さや危険は身をもって知っていた。遺族の思いも背負い、47歳で帰郷、独立した。
 佐藤さんによると、スケアード・ストレートを請け負うのは全国に6社しかない。昨年は自社で九州内の中学高校を中心に20件ほど実施した。

◆誰にもできないことを
 小さい頃から撮影現場や交通安全教室について行った長男叶一(きょういち)さん(28)も同じ道を選び、起業時から一緒に働いている。父が時速30キロで車を走らせ息子をはねてみせることもある。佐藤さんは「何度やっても緊張する。危険だが『交通事故は誰にでも起こり得る』と伝えていくために続ける」と語る。
 熊本を拠点に活動する歌劇団の殺陣(たて)の指導も手がける。「今まで身に付けてきた数々の技がやっと生きてきた。後進を育てつつ、誰にもできないことに挑戦していきたい」。ベテランスタントマンは体こそ傷だらけだが信念は揺るがず、今日も各地を飛び回る。

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