共創のフードツーリズム 第4回 華麗(カレー)なるまち、稲沢!~ご当地グルメによる非観光地の挑戦~

全国各地から、地域の「食」の担い手たちが、さまざまなプレイヤーと共に創りあげるフードツーリズムの最新事例をご紹介します。「食」の消費にとどまらない持続可能なフードツーリズムのあり方のヒントがあるかもしれません。

愛知県稲沢市について

今回ご紹介する舞台となる愛知県稲沢市は、2005年に(旧)稲沢市、祖父江町、平和町が合併して誕生しました。人口はおよそ13万3700人で、市の中心である名古屋鉄道国府宮駅、JR稲沢駅からはいずれも名古屋駅まで10分強でアクセスできることから、名古屋のベッドタウンとしても人気のエリアです。

観光では、織田信長公生誕の地であることでも知られ、また1200年以上続いている「国府宮はだか祭」(尾張大国霊神社)は天下の奇祭として知られています(来年から女性も参加が可能になるというニュースを見た方もいらっしゃるでしょう)。

また祖父江エリアは、日本一のぎんなんの産地でもあり、秋には1万本を超えるいちょうの木が黄金色に色づき圧巻の景色を楽しめます。

黄金色が圧巻!祖父江のいちょう並木(写真提供:酒井仁志氏)## ご当地グルメ開発プロジェクト発足

アクセスも良く、魅力の多い稲沢市でありますが、これまで観光地としての認知度は低く、市外から通年で旅行者を呼び込めていないという課題がありました。そこで新たなご当地グルメを作り、まちを盛り上げるために、稲沢市観光協会が主体となり「ご当地グルメ開発プロジェクト」が発足します。筆者もこのメンバーの一員として参加させていただきました。

ご当地グルメ開発に向けたプロジェクトの様子

すでに稲沢市には「いなざわ観光まちづくりラボ」という市民が主体となって観光まちづくりの具体的な施策を考える組織が立ち上がっていました。この組織とも有機的に連携しながら、市民や市内の飲食店の皆さんとの議論が始まります。また有識者を招聘し、幅広く市民の皆さんに向けた講演会なども行い、ご当地グルメ開発に向けた機運が高まっていきます。

こだわりの生産者がいっぱいの稲沢

プロジェクト会議を通して、市内にはこだわりのある生産者がたくさんいることも分かりました。木村農園は、日本固有の品種である金時生姜を専門に栽培しています。木曽の川砂にこだわり、親子3代、70年にわたって伝統的な製法で作られた「矢生姜(はじかみ)」は、味や香りといった品質の高さが評価され都内の高級料亭などにも出荷しています。また、椿園㈱は、日本唯一の椿専門の農園です。日本のみならず、世界中の美しい椿を追い求める愛好家にとっての「聖地」と言っても過言ではないでしょう。直売所で発売している椿のはちみつは驚くほど濃厚でおいしく、筆者の食卓に欠かせない存在になっています。

そのほか、無農薬や有機栽培で伝統野菜や果物などを栽培する若い農家さんがいらっしゃることも分かりました。こだわりの強い魅力あふれる生産者さんがいる一方で、その多くがそれぞれの生産者個人を中心にした活動にとどまっており、地域ぐるみで活動をしている事例が少なく、新グルメ開発につなげるための稲沢ブランドとしての「顔」がなかなか決まらない日々が続きます。

昭和23年創業の椿園㈱。貴重な椿のはちみつを買える

3代にわたって高品質の金時生姜を栽培する木村農園## 稲沢市とオリエンタルカレー

議論を重ねていく中で、市内には「オリエンタルカレー」の工場があり、ここで生まれる商品に愛着を持っている市民が多いことが分かりました。販売元のオリエンタルは、昭和20年(1945年)創業で、日本で初めて本格的なルウタイプの即席カレーを製造した企業でもあります。

そこで、このプロジェクトをけん引している稲沢市観光協会の事務局次長である酒井仁志氏は、オリエンタルの工場に赴き、稲沢市のご当地グルメ開発に向けた協力を依頼します。酒井氏は、プロジェクト会議でさまざまなアイデアが生まれるものの、「多くの店舗が仲間に入ってくれるグルメを作りたい」という強い思いがあり、なかなか方針を決めきれずに悩んでいました。酒井氏がオリエンタルに相談したことは、これまでカレーをメニューに取り入れていない飲食店であっても取り組みやすくなる仕組みと仕掛けづくりでした。

オリエンタルカレーで対応に当たった小椋氏は、多様な業態の飲食店がメニューにカレーを取り入れることができるように、オリジナルのカレーパウダーとカレールーを提供するという支援を申し出てくれました。

プロジェクトメンバーとともに北本市観光協会へ視察

また、ご当地カレーで地域振興に取り組む先進地にも直接赴きました。なかでも埼玉県北本市の「北本トマトカレー」の取り組みについてのお話は、プロジェクトメンバーの心のスイッチが入る転機となりました。稲沢市と同じような非観光地でありながら、「北本トマトカレー」をフックにした地域一体となった取り組みを推進し、市の知名度向上や誘客促進につながっています。とくに「北本トマトカレー」を盛り上げるために、市の職員を43歳で退職し、観光協会に転職した小松政毅氏の熱のこもったお話は、ご当地グルメ開発に悩む酒井氏を勇気づけるものでした(「北本トマトカレー」については別の機会で紹介したいです)。

ご当地カレー作りに向けて

オリエンタルカレーの支援を取り付けた酒井氏は、続けてご当地グルメ開発に協力してくれる飲食店を発掘するために、市内の飲食店を連日連夜訪れました。酒井氏は、もともと旅行会社の敏腕社員でありましたが、観光協会では着任してからまだ4年目の新参者です。もともとは稲沢市に縁もゆかりもなかったので、着任当初から人間関係の構築に力を入れたと振り返ります。そしてこの関係性づくりがあったからこそ、飲食店の店主たちは、酒井氏の熱のこもった話に耳を傾けます。

「稲沢の新しいご当地グルメを作り、もっと稲沢を盛り上げたいんです。カレーを使ったメニューを開発してもらえませんか?」、酒井氏は飲食店の店主とねばり強く対話を重ねました。そして試作品ができたと聞けば、すぐにその店を訪れて実食。いつの間にか酒井氏のSNSの投稿はカレーばかりとなっていました。

雨の日も、晴れの日も、カレーを食べる酒井氏(写真提供:酒井仁志氏)## 稲沢・カレーフェスティバル

2023年は、市制65周年という節目の年でした。そのイベントに合わせて、稲沢がカレーのまちであることを市民や市外の方に向けて発信していこうということが決まりました。

プロジェクト会議では、飲食店の声を誰よりも聞いてきた酒井氏の主導で、稲沢のご当地グルメとしてのカレーのルール作りが急ピッチで行われました。ご当地カレーの多くは、その食材や提供方に一定のルールを設けている地域が多いものです。酒井氏は、参画店舗のジャンルの多面性こそを活かすべきだ、という思いから、誰もが参加をしたくなるようなシンプルなルールにこだわりました。例えば「カレーライスにしてしまえば、お米を炊くことのないお店が参画しづらくなる」といったように、やる気があればだれでも参加できるルールがどのようなものか、検討を重ねていきます。

そこで、このイベントに参画してくれる事業者に提示した稲沢のカレーのルールは次の3つに決まりました。

(1)カレーを使った料理

(2)稲沢らしさを表現

(3)お店の個性や料理の工夫

初めてのイベント、どれだけの事業者が集まってくれるのか、どれだけのお客さんが来てくれるのか。酒井氏は不安な時こそ、地域でカレーを食べること、カレーと向き合うことを意識したそうです。

イベント当日の11月4日(土)、開幕に先立ち、加藤錠司郎市長によって「カレー(華麗)なるまち、稲沢」が宣言されました。市内22の事業者が出展し、6000人ものお客様が訪れるという盛況なイベントになりました。終了前に完売御礼の店舗が続出し、アンケートの答えもおおむね好評でした。

加藤錠司郎市長による「カレー(華麗)なるまち、稲沢」宣言

多数の市民が訪れて売切の店舗も続出## 市内40店舗が参加、ジャンルも多彩に

イベントを終えて、いまでは企画に賛同してくれた市内40の店舗がカレーメニューを開発し提供しています。ルールのひとつに加えた「稲沢らしさ」はとてもユニークなもので、地元産のきくらげやキャベツを使ったカレー、地元の祖父江砂丘をモチーフしたカレー、市内の給食ナンバーワンメニューである「鶏のレモン煮」とのコラボなど、それぞれのお店の良さを活かしながら新しいメニューを開発してくれました。

カレーライスのみならず、炒飯、アジフライ、どて煮、鍋、ラーメン、焼きそば、パン、あんかけスパ、モンブラン、たいやき、焼鳥、ハンバーグ、ドリンクなどなど、カレーと組み合わせた料理のジャンルの多彩さにはビックリです。これこそが酒井氏の狙いどおり、地域ぐるみのご当地グルメに向けた第一歩と言えるでしょう。

稲沢市内には個性あふれるカレーメニューが続々登場!(左からカフェ&ダイニングThe稲沢はる、カレー研究所、麺屋壱力本舗)(写真提供:酒井仁志氏)## 共創のポイント

酒井氏は、稲沢市をカレーで盛り上げるためには、多種多様な店舗に加わってもらえることが必要だと考え、また参入のハードルを下げるためにオリエンタルカレーの協力を取り付けるなど精力的に活動をしてきました。酒井氏を中心に、カレーをキーワードに飲食店、市民、市役所、観光協会がつながるようになった点が共創のポイントでしょう。コロナ禍もあり、経営面で苦慮している飲食店も多く、酒井氏はカレーをきっかけに、地域が一つになり、新たなマーケットを開拓しようと試行錯誤しています。

カレーによる稲沢市のご当地グルメ開発の取り組みは始まったばかり、今後どのような進化を遂げていくかは未知数です。市外、県外への訴求はまだまだで、非観光地ともいえるこの土地で、カレーをフックにした誘客を促進するためには、効果的なプロモーションを含めた施策の継続が必要です。カレー以外の魅力とも組み合わせて、面として稲沢を訴求していくことも求めれます。また、何よりもまずは稲沢市民にしっかりと認知され、愛されていくことが必要でしょう。

しかし短期間に多くの店舗が賛同し、カレーを組み合わせたメニューが続々と生まれていること、なによりカレーを食べ続けながら悩み続ける酒井氏を見ていると、「稲沢×カレー」がご当地グルメとして成功するポテンシャルの高さを感じます。これからもプロジェクトのメンバーとしてもしっかりと応援していきたいし、一緒に(カレーを食べながら)考えていきたいと思います。

寄稿者 青木洋高(あおき・ようこう)㈱JTBパブリッシング 交流プロデュース部マネージャー(食マーケティング事業統括)

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