アカデミー賞有力!『哀れなるものたち』 偏見も羞恥心もない女性を熱演エマ・ストーン&ヨルゴス・ランティモス監督インタビュー

『哀れなるものたち』©2023 20th Century Studios. All Rights Reserved.

エマ・ストーンとヨルゴス・ランティモスが語る

まるで脳みそが吹き飛ばされるような、衝撃的な作品だ。『哀れなるものたち』を観た観客は、この監督の頭のなかを覗いてみたいと思うに違いない。

アラスター・グレイのゴシック小説を、『ロブスター』(2015年)『女王陛下のお気に入り』(2018年)で知られるヨルゴス・ランティモス監督が映画化した本作は、どこを切り取っても斬新なアートワークと言える。天才外科医により蘇った女性ベラは、偏見や因習をなぎ倒しながら、世界を知るための旅に出る。

プロデュースも引き受け、惚れ惚れするほどパワフルな演技を見せるエマ・ストーンとランティモス監督に、文字通り奇想天外な本作について語ってもらった。

「彼女はどんなトラウマも持ち合わせていない」

―『女王陛下のお気に入り』に続くおふたりのコラボレーションは、驚くほど大胆でアーティスティックですが、どのようにして始まったのでしょうか。

ヨルゴス・ランティモス:彼女とは初めて会ったときからウマがあった。『女王陛下~』を作るまで2、3年掛かったから、撮り始める頃にはとても親しくなったし、なんでも話し合うようになっていた。実際あの作品の経験がとても楽しかったから、自然に次も一緒にやろうという感じになった。それで僕の方からアラスター・グレイの原作を提案したんだ。彼女とは、そんなに話し合う必要すら感じない。ただ頷いたり、ジェスチャーだけで通じてしまうところがある。時間やエネルギーを節約できる。(エマに)そうだよね?

エマ・ストーン:お互い本当に信頼し合っているし、理解している。それに、アーティストとしてリスペクトと憧憬があると思う。わたしから見て、彼は監督として、コラボレーターとして完璧に信頼できるから、すべてを出し切れるし、安全な手の中にいると思える。何より一緒に仕事をするのがとても楽しい。それに彼はスタッフとも、時間を掛けてそういう信頼関係を築いていて、それが現場でも感じられる。

―あなたの演じるベラ・バクスターは、外科医(ウィレム・デフォー)の手により蘇生した後、赤子のようにすべてをゼロから学び、因習にとらわれることなく、最終的に自立した逞しい女性に成長します。その長いプロセスを演じるにあたって、どのようなアプローチをしましたか?

エマ:なるべく羞恥心や先入観を取り払うように心がけた。それこそベラにはないものだから。立ち振る舞いやどのような喋り方をするかというのは、ものすごく研究して生み出した。それによって、彼女の成長ぶりが逐一わかるようにね。

でも何よりも大事なのは手綱を緩めるというか、自然に身を任せることだった。というのもベラは好奇心の塊で、喜びに満ち、どんなトラウマも持ち合わせていないから。考えることなしに条件反射的に反応する。そういうキャラクターを演じるのは素晴らしい経験だった。彼女にとってはすべてが新しい経験。演じる上でそれを忘れないようにしていた。

―ベラのキャラクターについて、何か参考にしたものはあったのでしょうか。

ヨルゴス:これまで見たことがないようなキャラクターにしたかったから、とくに参考にしたものはなかった。ある時点でエマに、ヴェルナー・ヘルツォークの『カスパー・ハウザーの謎』(1974年)を観てくれと言ったけれど、ただ人間らしさとはかけ離れたユニークなものという点で、インスピレーションになればと思っただけで。

エマ:“真似をする”という意味じゃなく。

ヨルゴス:そう。僕らはむしろリハーサルを沢山して、ベラのような人間はどう動いたり反応するだろうと想像しながら作りあげていった。

「ウェディング・ドレスを着たときは泣きそうになった」

―こんな作品は観たことがないというほど、セットや衣裳に至るまでアートワークが芸術的でしたが、どのようなコンセプトを考えられたのでしょうか。

ヨルゴス:ベラが住む世界は、たんに現実的なものではだめ。レトロな時代であると同時に、おとぎ話や物事のメタファーとなるようなものを目指したんだ。さらに未来的なところや空想的な要素も入り混じったものにしたかった。最初はロケをするというアイディアも考えたけれど、結局セットを作り込むことにしたよ。

ヨルゴス:もうひとつ考えたのは、フェデリコ・フェリーニやマイケル・パウエル、エメリック・プレスバーガーがかつて撮影していたような方法で古風な映画をつくること。それでロイ・アンダーソン監督(『スウェーディッシュ・ラブ・ストーリー』[1970年]、『さよなら、人類 』[2014年]ほか)のようにスタジオでセットを作り上げることにした。もっとも、本作の世界はあまりに広大ですべてのセットを作り上げることはできなかったので、たとえば船のシーンにおける海や空はLEDスクリーンを使った。

エマ:すべてのセットを歩くのに30分はかかるような広大さで、圧倒された。

―衣裳も時代性を超越した、とても大胆なものでしたね。

エマ:衣裳デザインのホリー・ワディントンは素晴らしい仕事をしてくれた。彼女が使用したカラーパレットや素材は、すべて深く考え抜かれたもの。ベラが経験したことやどのように成長しているかを表現している。俳優は素晴らしい衣裳に助けられるものだけど、とくにベラのウェディング・ドレスを着たときは泣きそうになった。薄く繊細でありながらパワフル。わたしがセックスの本質を脆さと自信が溶け合ったものだと考えているのと似て、あのドレスはわたしにとってそれを象徴していた。とてもメッセージ性の強いものだった。

―プロデューサーも務めようと思った理由は?

エマ:わたしにとっては自然な成り行きだし、これまでやったことがないことに挑戦できるならやってみたいと思った。ヨルゴスの世界が大好きだし、映画監督としてとても尊敬している。そんな彼からプロデューサーもやらないかと言われて、わたしとしては恵まれているとしか言いようがない。でも、それで俳優と監督としての関係が何か変わったとは思わない。

ヨルゴス:彼女とはこの企画について2017年から話をしてきた。本当に入れこんでくれたし、僕にとっても彼女がプロデュースをするのは、とても自然なことに思えたんだ。

「この物語ではすべての女性たちがとても重要」

―ベラと出会う男性は、それぞれのやり方で彼女を支配しようとしますが、ベラはそれをはねつけていきます。きわめて現代的でフェミニストな物語と言えるのでは?

エマ:その通り。わたしにとってこの役を演じることは、女性であること、勇敢で自由であることを受け入れ、解き放つことのように感じた。社会的には「みんなわたしのことを好きになってくれるだろうか」と考えがちだけど、彼女はそんなことは考えない。男性に対して反発するというより、すべてを経験したいと思う、好奇心と自由であることの表れだと思う。

ヨルゴス:ベラはもちろん、この物語ではすべての女性たちがとても重要だ。彼女たちが、ベラの自立の旅に大きな影響を与えていくのだから。

取材・文:佐藤久理子

『哀れなるものたち』は2024年1月26日(金)より全国公開

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