山田涼介×浜辺美波『サイレントラブ』はチャップリン『街の灯』オマージュも?山ちゃんが見せた“演じること”への意志と敬意

2023年も、活躍が続いた山田涼介と浜辺美波。『BAD LANDS バッド・ランズ』の撮影終了後、ドラマ『俺の可愛いはもうすぐ消費期限!?』を撮り、『サイレントラブ』の撮影に入った山田、ドラマ『ドクターホワイト』終了後、『ゴジラ-1.0』を経て、『サイレントラブ』に入った浜辺。主演級の役を矢継ぎ早に演じる2人の姿を見ていると生き急いでいるようにも感じてしまう。

たださまざまな人物を生きることは、彼らの血肉となり、次の役へと確実に受け継がれていることがわかる。マイナスでは決してない。特に迷いの中を生きる『サイレントラブ』の蒼と美夏を演じるにあたっては、その忙しさがプラスになっていたようにも感じられた。

蒼と美夏、レスリングとワンピース

『サイレントラブ』は、『ミッドナイトスワン』(2020年)の内田英治監督の最新作。主人公は、過去の事件をきっかけに声を発することをやめた青年・蒼(山田)と、事故によって視力を失いピアニストへの道が危うくなった音大生・美夏(浜辺)。彼らがマイナスだと感じるピースが、2人を出会わせ、距離を縮めさせ、ついには恋に発展させる、切なくも生きる力に富んだラブストーリーだ。

内田監督が、キャラクターの特徴形成に、彼らの自我の象徴を利用しているのが興味深い。過去に起こした事件によって、生きる意味を失っている蒼。彼の日常から、幼少期より十分に与えられることが稀な人生だったことが想像できる。だが、彼は常に何かを与えようとする。彼の場合の与えるという行為は、だれかを守ろうとするアクションだ。

蒼は、音楽大学の清掃係として、多くの学生が行き交う校内で、存在感を消して働く。彼が “人”として生きるのは、強い絆を持つ幼なじみのなかでだけ。ただし唯一、気を吐く瞬間がある。レスリングを習う時間だ。たぶんさまざまなものを守りたいという意思を持ったときから、彼はその武器を、自分の肉体だけと決めたのだろう。作品全体のなかで、このレスリングシーンは特に印象的に描かれる。内田監督が観客に印象付けたかったのは、蒼という人物の意思なのだと思った。

一方の美夏にもそれがある。彼女はピアニストを目指している。学内トップの成績だが、アーティストとしてはまだ確固たる自信があるわけではない。だからこそ揺れる。そして視力を失った美夏を心配する、ライバルや親に悪態をつく。エスコートを断り、白杖をついて一人で行動し、事故前と変わらない服装であるワンピースを着る。

美夏のワンピースは、ふわりとしたジョーゼットのオーバーサイズ。どこかに引っ掛かる可能性があるし、転んだ際にも無防備だ。視力の低下を受け入れ、目的をはっきり持っているのであれば、自然とその目的を達成するのに即した服装になっていくかもしれない。でも美夏は、頑なに変えようとしない。美夏の選ぶ服は、彼女の心情を表現する1つのツール。内田監督は、ファッションで変化する美夏の気持ちを印象付ける。

壁を隔てた2人

蒼と美夏の距離は、当初、とても離れていた。具体的にいうと、まず彼らを阻んだのは、旧講堂の壁。構内に入り、美夏の傍にやすやすと立つことができる講師の北村(野村周平)にもやもやした気持ちを抱えつつ、蒼は汚れた窓ガラスを手で拭い、ピアノを弾く美夏の姿を少しでもはっきり見えるようにするのがやっとだった。

視力を失った美夏と、声を出さない蒼には、お互いの思いを確認する術がない。しかし、いつしかその壁は取り除かれていく。それに貢献したのは、ガムランボールというきらめく音色を持つ美夏の御守り。ひょんなことからそれをもらった蒼は、声の代わりにガムランボールを鳴らして存在を示し、美夏もその音色によって、いまの自分を肯定する存在が近くにあることを確認する。それが誤解を生むこともありながら。

ちなみにガムランボールは、バリの民族楽器であるガムランとの関係はなく、ケルト民族のドルイド僧が持つドルイドベルがルーツなのだそう。

チャップリン『街の灯』と、『サイレントラブ』

視力を失った女性を献身的に支える物語といえば、チャップリンの『街の灯』(1931年)が思い出される。行動範囲を1人で歩ける訓練を自分に課す美夏が、障がい物に困らないよう、前に立ち、後ろに回り、彼女に気づかれないよう訓練を手伝う。そして、蒼本人は名乗らず、ピアニストである北村を自分だと思わせる。どれも『街の灯』と似ている。ストーリーは本作の原作通りなのだろうが、その描き方に、内田監督の『街の灯』へのオマージュとリスペクトが感じられた。

映画がサイレント(無音)からトーキーへと移りつつある頃に作られた『街の灯』。台詞で物語を語ってしまうことを良しと思っていなかったチャップリンが、音楽と効果音は使用しながらも、あくまで映像での見せ方で勝負しようと試みたところなど。

蒼をある部分ではユーモラスに演じた山田涼介にもそれは感じられた。彼もたぶん『街の灯』を見ているのだろう。生きる目的を失った蒼の“死んだ魚のような目”ばかりが話題になっているが、この作品の山田の、演じるという仕事、俳優という存在をリスペクトし、本気で取り組んでいることを感じさせる演技にこそ注目してほしいと思った。

あるとき、彼はこんなことを言っていた。「演じること一本で仕事をしている人の足を引っ張らないように……」。彼は自身が、アイドルという存在であり、俳優でもあるということを自覚している。もちろん足を引っ張ることなどないのだが、彼のその意識が、一緒に作品を作る人々を奮い立たせ、彼を仲間として支えようという気持ちにさせ、作品をより高いクオリティに昇華させるのだろう。ここ数本の作品での山田の演技、取り組む姿勢が、それを感じさせた。

文:関口裕子

『サイレントラブ』は2024年1月26日(金)より全国公開

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