「最後の1秒まで懸命に」 県下一周駅伝 4年ぶりの開会式 壱岐・川谷(メモリード)が選手宣誓

力強く宣誓する壱岐の川谷(メモリード)=長崎新聞文化ホール

 人前に出るのは得意ではない。でも、陸上の楽しさを教えてくれた勝本中時代の恩師、岩崎総監督(郷ノ浦中教)の指名を断るわけにはいかなかった。最後の県下一周で巡ってきた選手宣誓の大役。壱岐の川谷(メモリード)は思いを込めて、言葉をつないだ。
 中学3年で初出場。壱岐商高、九国大時代も7年連続で出場して古里に貢献してきた。大学でさらに力をつけ、実業団のひらまつ病院(佐賀)に進んで元日のニューイヤー駅伝も3度出走。8年間の現役を終え、2年前にメモリード女子陸上部のランニングコーチとして長崎に戻ってきた。
 実業団時代も含めて今回で13度目の出場。県外で暮らしていたころ、この大会は地元の人たちと接する数少ない機会で、打ち上げも楽しみだった。一番思い出深いのは第64回大会最終日2区。残り3キロ付近で飛び出し、初の区間賞を獲得した。
 チームでは川下(郷ノ浦町漁協)や市山(壱岐消防署)らが引っ張ってくれた。彼らの走りに憧れ「自分も速くなりたい。近づきたい」と、ここまで続けてきた。1本のたすきが世代をつないできた。最後の県下一周は第1日最終区と、最終日1区のエース区間を舞台に「後輩たちにいい走りを見せ、チームに貢献したい」と思う。
 少し緊張した面持ちで手を真っ直ぐと挙げ、宣誓した。「この駅伝が終了してしまうことはとてもさみしい。古里の仲間と切磋琢磨(せっさたくま)し、競い合ってきたこの大会。最後の1秒まで諦めず、たすきをつなぎ、有終の美を飾れるよう懸命な走りを」。すべての選手、監督の思いを代弁した。

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