牛舎倒壊30頭生き埋め 牧場経営限界 断水で生乳出荷できず

 壊れた牛舎から放たれた黒毛和牛が一心に餌を食(は)んでいた。珠洲市唐笠町八ケ山の山中にある松田牧場では、和牛はやむを得ず放牧し、乳牛は断水で生乳を出荷できず、手放すことを決めた。土砂崩れで孤立した近隣の牧場は牛舎が倒壊して約30頭が生き埋めになった。奥能登の牧場経営は岐路に立たされている。(社会部・杉岡憲介)

●放牧というより脱走

 敷地内を自由に行き来する牛を「放牧というより脱走状態」と話すのは牧場を経営する松田徹郎さん(35)。牧場では乳牛45頭、能登牛の母牛である黒毛和牛60頭、子牛を合わせ約130頭を4棟の牛舎で飼育する。1棟が地震で傾き、黒毛和牛30頭のうち27頭を外に放った。地震がよほど怖かったのか、3頭は牛舎の外に出ようとしない。

 柵を壊して市道に出る牛もおり、松田さんは「入れる牛舎もなく、どうしようもない」と力なく話す。今は目の届く範囲にいるものの、春になって草が生い茂ると遠くに逃げる恐れもあるという。

 断水の影響も大きい。搾乳した生乳を流すパイプやためるタンクは搾乳の前後に洗浄する必要があり、出荷はストップしている。5人いた従業員のうち3人は市外に避難し、今は2人のみ。乳房炎を防ぐために搾乳を続けなければならない。人手不足と維持費のかかることから一刻も早く手放したいと考えているが、めどは立たない。

 松田さんは妻と3人の子どもが待つ金沢の自宅に帰ろうとした時に地震に遭った。まだ珠洲市内にいたため急いで牧場に戻り、傾いた牛舎から牛を救出した。以降、牛舎横の事務所に泊まり込んで世話を続ける。

 「うちよりもっと厳しい牧場もある」と松田さん。松田牧場からさらに奥に入ったところにある牧場は土砂崩れで孤立し、経営者はヘリコプターで救助されて市外に避難した。残った乳牛約30頭は倒壊した牛舎の下敷きになった。

●屋根の下からうめき声

 松田さんによると、当初はつぶれた屋根の下から牛のうめき声が聞こえていたが、日に日に減少。25日、倒壊した牛舎のわずかなスペースで生きていた2頭を何とか救い出したが、残りの牛は息絶えた。

 地震でダメージを受けた牧場は少なくない。石川県によると、県内で断水状態にある牧場は42施設、破損は43施設に上る。「断水が長引けば牧場経営は続けられない。人間の暮らしが最優先なのは理解できるが、牧場の惨状も知ってほしい」。牧場に響く牛の鳴き声は、岐路に立つ経営者のSOSに聞こえた。

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