消えゆく消防署の「滑り棒」 意外な理由、実は「アレの方が速い」 ドラマのシーンは過去の遺物に

加古川市中央消防署にある滑り棒。現在は使われていない=同市加古川町本町

 火災の発生を受け、消防隊員が次々と棒につかまって、するりと階下に下りて出動していく。映画やテレビドラマで、こんな場面を見たことのある人は、多いのではないだろうか。その「滑り棒」が、全国の消防署などから姿を消しつつある。なぜ使われなくなっているのか。現状を調べた。(斉藤正志) ### ■兵庫は加古川が最後か

 今も滑り棒があると聞き、兵庫県加古川市加古川町本町の中央消防署に向かった。

 2階の事務室の一角。案内してくれた仲宗根浩副署長が、重そうなロッカーを動かすと、チェーンをかけたドアが現れた。

 ドアを開けると、そこに銀色の滑り棒があった。

 「落ちないように気を付けてください」と仲宗根副署長。滑り棒に手をかけながら下をのぞき込むと、その高さに足がすくんだ。約5メートルはあるという。

 事務室の別の場所にも滑り棒があり、こちらはドアの前にコピー機があった。

 1階の消防車両用の車庫に向かうと、固定されたロッカーの奥に、滑り棒が見えた。使えないようにしてあるのは明らかだった。

 兵庫県内で滑り棒を使っていたのは、加古川市消防本部が最後だったとみられる。施設の建て替えなどで棒を廃止した自治体もある一方で、同本部は活用を続けていた。ただ、2016年ごろには使わなくなったという。 ### ■実は階段の方が速い

 仲宗根副署長は「一番の理由は安全面。使用していた時は下にマットを敷いていたが、それでも足をくじくなど、けがのリスクがあった」と教えてくれた。

 さらに、意外な理由を口にした。「実は階段の方が速いんです」

 滑り棒は、安全のため、前の隊員が下りたのを確認してから一人ずつ使わなければならない。階段なら一斉に動けるので、出動までの所要時間が短いという。車庫にロッカーを設置する以前、テレビ番組の中で実際にタイムを計った時は、滑り棒よりも階段を使った方が速かったという。

 中央消防署は1967年の建築から60年近くがたつ。建て替えなどの計画は決まっていないが、仲宗根副署長は「もし建て替えになったら、滑り棒はなくなるでしょう」と話した。

 京都府の舞鶴市消防本部も滑り棒を使っていたと知り、聞いてみた。

 同本部消防総務課によると、かつて3カ所の消防署などに整備していたが、建て替えや改修に伴い、2011年ごろには全てなくなった。担当者は安全面や出動までの所要時間を理由に挙げ、「滑り棒を使うメリットがなく、デメリットの方が大きい」と説明した。

     ◇ ### ■消防施設の新設に伴い普及

 関西大社会安全学部の永田尚三教授(消防行政)によると、滑り棒は戦前から使われていた。国内に現存する最古とみられる滑り棒は、33年建築の東京消防庁の高輪消防署二本榎出張所(東京都港区)にある。

 永田教授によると、全国に滑り棒が普及し始めたのは、60年代後半ごろから。きっかけは、63年の消防法改正で救急業務が法制化されたことだった。

 それまで都市部以外のほとんどの地域は消防団しかなかったが、政令で定める市町村に、消防本部、消防署の設置が義務化された。

 総務省の資料では、専任の職員が勤務する消防機関の常備化率(市町村数)は、65年に17.7%だったが、75年に75.8%、85年には91.1%と急上昇した。

 各地で消防施設の新設が相次いだことに伴い、滑り棒が広まったとみられる。

 滑り棒は、使用してけがをした事例があったことなどから、ここ10年ほどで使わない傾向が進んだという。近年は消防施設の建て替えの際、出動しやすく耐震性の高い平屋にするケースも増えているという。永田教授は「今も滑り棒を使っているというのは、ほとんど聞かない。今後、消防から滑り棒はなくなっていくのではないか」と話した。

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