『ジョン・ウィック』で大活躍のマルコ・サロールって何者?ロック様のスタントから格闘俳優へ!秘拳アクション『フィスト・オブ・ザ・コンドル』公開【前編】

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「あなたが想像しているのは…マルコ・サロールですね?」

現在、早くも配信中の『ジョン・ウィック:コンセクエンス』(2023年)は、もう御覧になったでしょうか? 観ているならば、名だたる格闘アクションスターたちが出演してモータルコンバット状態となった本作の登場人物のなかで、鑑賞前は意識していなかった、もしくは認識していなかったのに、鑑賞後はやけに気になって仕方がないキャラがいたのでは?

それは、きっとジョン・ウィックの首に多額の賞金を懸けた主席連合のグラモン侯爵(ビル・スカルスガルド)の腹心で、三つ揃いのスーツでキメたチディですよね!

全編にわたり出ずっぱりで、キアヌ・リーブスだけでなく真田広之、伊澤彩織とも激闘を繰り広げたチディですよね?

クライマックスではパリのサクレ・クール寺院にある222段の階段の上でジョン・ウィックをキックして、映画史上最長の階段落ちを披露させることになったチディに決まってますよね!?

キアヌ・リーブス、ドニー・イェンや真田広之、リナ・サワヤマの活躍を期待して鑑賞した方、スコット・アドキンスに注目して映画を鑑賞したコアなアクション映画ファンも、きっと鑑賞後はチディを演じたマルコ・サロールのことが気になって仕方ないですよね‼??

というわけで、マルコのことが気になって、彼のアクションがもっと見たくてウズウズしている読者に朗報です。なんと! マルコ・サロールが製作・主演を兼ねた格闘アクション映画『フィスト・オブ・ザ・コンドル』の日本公開が決定!

ここからは映画の見所を解説したいのですが、「アクションが凄いのはわかったけどマルコ・サロールって誰?」とお思いの方が多くいると思われます。そんなわけでマルコ・サロールの経歴を説明させていただきます!

ロック様の主演作でスタントマンとしてデビュー

マルコは1978年6月10日、チリで誕生しました。6歳の時、チリではじめて空手の黒帯となった母親の影響で格闘人生がスタート。さらに、この頃、『燃えよドラゴン』(1973年)を鑑賞し、ブルース・リーに憧れたことで彼の格闘技熱はさらに燃えあがる。青春時代を様々な格闘技の修業に費やした結果、テコンドー、キックボクシング、中国武術、柔道、合気道、松濤館流空手を修得。さらに器械体操も修行して、身長194cm、体重95キロの巨漢ボディからは想像できないアクロバットな回転技を会得するのだった。

僕の夢はブルース・リーのような、格闘家でありアクションスターになることだった。でも、チリ映画界では格闘アクション映画を製作したことがなかったんだ……。だから、この国ではアクションスターになることはできない、と悟ったんだ。

高校時代は花形ラグビー選手として功績をあげたマルコは、卒業後もラグビー選手として生きる道もあったが、1997年、18歳のときに恋人と共にメキシコに移住。そこでモデルとして生計を立てるようになる。

メキシコでモデルをやっていた時、低予算のアクション映画に出演する機会に恵まれたんだ。それで僕は、これこそが自分がやりたいことだ! と気づいたんだ。それからメキシコで演技の勉強もはじめたよ。

こうしてアクション映画スターへの道に進む決意を固めたマルコは2002年、ハリウッドでアクション映画の撮り方を学ぶため、ロスに移住する。

身ひとつでロスに行ったものの、ハリウッドで働くコネクションはビタ一文もない。そこで彼は、皿洗いやキックボクシングのジムでコーチとして生計を立てていた。しかし、そのジムで彼の運命を変える男と出会う。アンディ・チェン――ジャッキー・チェンのスタントチーム成家班出身で、後に『シャン・チー/テン・リングスの伝説』(2021年)や『聖闘士星矢 The Beginning』(2023年)等の作品で武術指導を担当するアクション監督である。その彼が、マルコが働くジムにやって来たのだ。

当時、WWF(現WWE)の人気プロレスラーだったザ・ロック(ドウェイン・ジョンソン)の主演第2作目となる『ランダウン ロッキング・ザ・アマゾン』(2003年)のアクション監督を担当することになり、その準備に追われていたアンディ。ザ・ロック主演作のアクション・シーンを演出することになったが、撮影前に解決しなければならない問題を抱えていた。身長196cmあるザ・ロックの代わりに、自分が望む難易度が高いスタントをこなすことができるロック様級のガタイのスタントマンが必要なのに、見つからない……。そんな時に訪れたジムに、マルコがいたのである。彼の類まれな身体能力と格闘センスに注目したアンディは、ロック様のスタントマンとして彼をスカウトする。

いきなりハリウッド映画の主役のスタントになったマルコは、この撮影でアクション映画の撮影方法を学んだだけでなく、本作にスタントマンとして参加することで、のちに『エクスペンダブルズ3 ワールドミッション』(2014年)のアクション監督や『ジョン・ウィック:チャプター2』(2017年)のアクション監修を担当するJ・J・ペリーとも親交を深める。

そして『ランダウン~』の撮影から20年後、J.・J・ペリーが『ジョン・ウィック』シリーズの監督チャド・スタエルスキにマルコを紹介したことにより、彼は『ジョン・ウィック:コンセクエンス』に出演することになったのだ。

アクション未開の国・チリで誕生した『Kiltro』のインパクト

『ランダウン』の撮影でアクション映画の撮影方法を学んだ彼は、青春時代にあきらめた夢にもう一度トライしようと決意する。それは母国チリで、子供の頃から憧れているブルース・リーのように自分主演の格闘アクション映画を作ることだった。

しかし、先にも書いたようにチリ映画界には格闘アクション映画が製作された前例がない。つまり、チリ映画界には格闘アクション映画を作るノウハウも、作れるスタッフもいない……。それならば、自分がハリウッドで学んだ技術と知識をチリの映画人に教えればよい。マルコの覚悟は決まっていた。

チリに帰国したマルコは、アスファルトを肥沃な畑に変える級に無謀とも思えるプランを、少年時代からの親友で映像業界で働いていたエルネスト・ディアス=エスピノーサに打ち明けた。

エルネストと僕は誕生日が同じで、高校時代からの親友なんだ。僕らはロバート・ロドリゲスの監督作やカンフー映画が大好きで、高校のときは彼が監督、僕が主演の格闘アクション映画を作っていたんだ(笑)。

映画監督志望だったエルネストは、マルコの向こう見ずなプランに賛同する。かくして二人は、高校以来にタッグを組んで格闘アクション映画を撮ることに。マルコは主演だけでなく、アクション監督も担当することになった。

格闘アクション映画が作られたことがないチリで、僕たちがまずやったのは、スタントチームを作ることだった。そのためにオーディションを開催して、チリ在住の大勢の格闘技経験者を集めたんだ。そこから選抜したスタントチームに6か月かけて、実戦とは違う格闘アクションの振り付けやカメラの映り方を学んでもらったよ。

映画のタイトルは『Kiltro』(原題:2006年)に決まった。チリでは“雑種犬”を意味する言葉だ。マルコが演じる主人公は、ストリートで暮らす雑種犬のような半グレ青年。そんな彼が、ミステリアスな格闘技の達人と出会う。そして達人から秘伝の武術を学び、かつて母親を殺した極悪武道家と戦う――。

そんな往年のカンフー映画のような物語に、マカロニウエスタンや三池祟史監督作『殺し屋1』(2001年)など、マルコとエルネスト監督が愛する映画からの影響をスパイスした作品だった。劇中、『殺し屋1』のイチが装着するブレード内蔵シューズのように、踵に鋭いブレードを装備したブーツを履いたマルコが、何十人もの敵をアクロバティックな回転キックで次々と斬り裂いていくシーンは圧巻だ。

『Kiltro』は僕とエルネストが好きないろんな映画にインスパイアされた作品なんだ。僕らが最もインスパイアされたのはロバート・ロドリゲス監督だよ。エルネストは僕に、ロドリゲス監督がデビュー作『エル・マリアッチ』(1993年)を7000ドルの低予算で撮ったように、僕らもやらなければならない! と言っていたよ(笑)。何百万ドルもの製作費を使わずに面白いアクション映画を完成させたロドリゲスは、僕らに大きなインスピレーションを与えてくれたんだ。

『Kiltro』は母国だけでなく、世界中の格闘アクション映画ファンから注目され、マルコは「ラテン・ドラゴン」というニックニームで呼ばれるようになった。彼らはチリ映画界初の格闘アクション映画を作り、チリ映画界初の格闘アクションスターを誕生させる、という偉業を達成したのだ。

孤独なDIYヒーロー映画『ミラージュ』の誕生

マルコとエルネストはチリのアクション映画産業を開拓するため、エルネスト監督・マルコ主演作の映画第2弾を企画。新人格闘アクションスターの主演2作目といえば、『マッハ!!!!!!!!』(2003年)で主演デビューを飾ったトニー・ジャーの2作目が『トム・ヤム・クン!』(2005年)であったように、前作の路線を守りつつ、スケールアップさせた映画になることが多い。しかし、彼らは違った。なんと、格闘アクションに続き、チリ映画で今まで作られることがなかったスーパーヒーロー映画に挑んだのである。

しかし、新人監督と新人アクターの二人には、MCU映画のような大作映画を作ることは不可能だ。そこで彼らは、当時としては斬新なヒーロー映画のアイデアを思いつく。それがマルコ主演第2作『ミラージュ』(2007年)だ。

本作でマルコが演じる主人公は少年時代、両親を強盗に惨殺されたうえに幼い弟が強盗にレイプされるという暗い過去を背負っていた。成長し格闘技の達人となったマルコは強盗事件以来、心に傷を負って入院生活を送る弟を支えるために、バーの用心棒をしている。しかし、無欲で優しいが画期的に内気な性格が災いし、泥酔客からは豪快にナメられ続け、クラブのオーナーからは安月給でコキ使われる、という不憫な日々……。そして住んでいる部屋は、日の光が差し込んでこないアパートの半地下部屋。彼が浮世の憂さを忘れることができるのは、カビ臭い部屋で黙々とトレーニングをしているときだけ……。

マルコ・サロールは他出演作では、アグレッシブな気性のオーナーやクールなキャラクターを演じることが多い。しかし本作では、「北斗の拳」のラオウのような体格の彼が劇中、広い肩幅を常にがっくり落とし、しょんぼりと佇むスタイルをキープオン。その姿はかなり濃いめの哀愁を漂わせていて、彼の演技力の幅を感じさせる。

ある晩、マルコが日課のジョギングしていたとき、目出し帽で顔を隠した3人組の住居強盗を目撃。内気だが正義感は強い彼は、住居の外にいた強盗の一人を倒して目出し帽を奪い、自身の正体を隠した。住居に潜入したマルコは、住人女性を暴行しようとしていた残りの二人も倒すと、何も告げずに去っていく。

とんでもないことをしてしまった……。半地下部屋で頭を抱えるマルコ。しかし、実は彼が救った女性はアナウンサーで、マルコの行為は彼女が出演する報道番組で「謎のスーパーヒーローが女性アナウンサーを強盗から救う!」とビッグニュースとして扱われた。しかも、そのニュースを観たマルコの弟は「この世界にスーパーヒーローがいる!」と勇気づけられ、閉ざしていた心を少しずつ開くようになる。

根が尋常じゃないくらい真面目なマルコの中で、熱いサムシングが目覚めた。

「僕は、この街の平和を守るスーパーヒーローになる!」

そう誓ったものの半地下の住人マルコには、スパイダーマンのような特殊能力も、ブルース・ウェインのような財力も、トニー・スタークのようなハイスペックな頭脳もない。さらに言うと、バットマンの執事アルフレッドやトム・ホランド版『スパイダーマン』シリーズのネッドのように協力してくれる仲間もいない。ついでに書くと。ヒーローのスーツをデザインするセンスも画力も無い……。

ヒーローになるための条件が“常人離れした格闘スキルと正義を愛する心”しかないマルコが、(悪い意味のほうの)画伯級の画力でヒーローのスーツを懸命にデザインしたり、真剣な顔つきで(画期的にダサい)武装コーディネートをいろいろと試したりする姿は非常に味わい深い。

苦労の末に完成したのは、軍物のフィールドジャケットに手作りの青いマスク&手袋を装着という、スーパーヒーローというよりも派手な空き巣と言ったほうがふさわしいスタイルの激安ヒーローだった。その名は「ミラージュマン」。

根が不気味なほど真面目なマルコは、ミラージュマン活動用のメールアドレスを作り、「何かお困りのことがあればメールをお送りください」と書かれたビラも作成。かくしてミラージュマンの戦いが幕開けした!

あの大ヒット作よりも早かった!DIYヒーロー好きは必見

このように本作は、「もしもブルース・ウェインがド貧乏なのにヴィジランテ活動をしていたら?」や「クモの特殊能力を授からなかったピーター・パーカーが親愛なる隣人になるには?」というユニークな視点で作られている。財力も特殊能力もない主人公がヒーロー活動をする作品といえば『キック・アス』があるが、そっちが公開したのは2010年。さらに書くと『キック・アス』の原作コミックがリリースされたのは2008年。もちろん『キック・アス』は素敵な映画だが、このアイデアは2006年に公開された『ミラージュ』のほうが早い。

しかも、現実離れしたアクションが展開される『キック・アス』とは違い、本作のアクションは徹底的なリアル路線を貫いている。それでいて、武装スタイルは泣けるほどダサいがワイヤーワークに頼ることなく、己の身体能力のみで重力から解放されたように宙を舞いながらなアクロバティックな技を繰り出すマルコのアクションは素晴らしい!

アクションだけでなくドラマのトーンもリアルに描いている。その結果、ピュアなハートの半地下青年が激安スーツでド真面目にヒーロー活動をするが、世間からは1ミリも理解されない苦渋に満ちた様子を、マルコが真剣に演じれば演じるほど観客から心地よい笑い&さわやかな涙を引き出すシステムになっている。本当の話ですよ。電気が止められた半地下部屋で、ロウソクの灯りを頼りにチープな秘密兵器を一所懸命に作るマルコの姿は泣けること間違いなしですから!

それでいて劇中、ヒーロー活動するミラージュマンの姿を、アメリカのTVドラマ『アメイジング・スパイダーマン』(1977~1979年)のOPをパロディ風に描くなどの遊び心も満載。クライマックスには、格闘アクションと『タクシードライバー』(1976年)のモーテル内の銃撃戦がドッキングしたようなバイオレンスきわまりない展開が待っている、という本当に目が離せない作品なので、格闘アクション映画やヒーロー映画、そして孤独な人を描いた映画が好きで未見の方は一人でも多くの人に観て欲しい!

完成した『ミラージュマン』はチリで大ヒットしただけでなく、海外の映画祭でも好評を博した結果、ハリウッド・リメイクも企画された。『ランダウン』のアクション監督アンディ・チェンが監督、主演はマルコが続投して、『DEFENDER 3D』というタイトルで撮影されるはずであった。が、残念ながら企画は頓挫してしまう。

チリ初の格闘アクション映画に続き、チリ初のスーパーヒーロー映画を成功させたマルコとエルネスト監督コンビは、続けざまに『愛と復讐のマンドリル』(2009年)を発表。本作では、一匹狼の殺し屋に扮したマルコが、前作とは打って変わりタキシードやスーツ姿をジェームズ・ボンド風にキメて、恋愛劇も展開。アクションシーンでは格闘アクションだけでなく、ガン・アクションも披露して新たな魅力をアピールしている。

ちなみに以前、BANGER!!!で『ジョン・ウィック:コンセクエンス』のファイトコレオグラファー・川本耕史さんとスタントパフォーマー・伊澤彩織さんを取材した際、マルコはアクションのトレーニングが終わった後も一人で黙々とトレーニングしていた、という不気味なほどのストイックさがうかがい知れる逸話を教えてもらった。

なお、当のマルコは海外のインタビューで、自身のトレーニング観についてこう語っている。

エルネストと作るチリのアクション映画は低予算でスケジュールも限られている。だから僕は1日中、休むことなくアクションの撮影ができる体力がつくようにトレーニングしているんだ!

文:ギンティ小林

<>に続く!

『フィスト・オブ・ザ・コンドル』は2024年2月2日(金)よりヒューマントラストシネマ渋谷ほか全国公開

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