羽田空港“衝突事故”は「起こるべくして起きた」? 過去の「類似インシデント」再発防止策が生かされなかった背景

管制塔と航空機のコミュニケーションエラーはなぜ起きたのか(ゆうき/PIXTA)

羽田空港で日本航空516便と海上保安庁所属の航空機が衝突した大事故(1月2日)から約1か月が経とうとしている。管制官と航空機の交信記録から、海保機には滑走路進入許可が出ていなかったことが判明しており、なぜ海保機側が許可を得たと考えたのかが原因究明の焦点になっている。

また、羽田空港には「滑走路占有監視支援機能」という、滑走路誤進入を警告するシステムがあったが、担当者は事故当時、画面上の警告に気づいていなかったとの報道もある。

事故防止や災害リスクについて研究する島崎敢・近畿大准教授(安全心理学)が、過去に起きた類似の重大インシデントなどから、なぜ事故は起きてしまったのか検証する。

繰り返されてきた類似インシデントとその原因

事故直後、各方面から「ありえない事故」だという声があがった。もちろん事故は滅多に起きないし、複数のエラーがたまたま重なるのは稀なので、現場目線では「ありえない」という感覚は間違ってはいないのかもしれない。しかし、運輸安全委員会のホームページで「滑走路誤進入」というキーワードで検索すると、2004年からの約20年間で37件の報告書がヒットする。

今回の事故と同様に、着陸許可が出ている滑走路に離陸待ちの別の航空機が侵入した事例も数多く起きている。いずれも衝突などの致命的事態になる前に回避できた「インシデント」ではあるが、今回のように不運が重なれば、事故に至る可能性も十分にあった。

つまり、羽田空港で起きたことは「ありえない事故」ではなく、起きるべくして起きたことだったのだ。

「滑走路誤進入」の原因の大部分は管制官の指示がパイロットにうまく伝わらなかった「コミュニケーションエラー」である。

では、コミュニケーションエラーはなぜ起きたのだろうか。

今回の事故についてはまだ調査中なので言及を控えるが、過去の事例では、無線ノイズ、二重送信、チャンネルの切り替え、不適切な用語の使用、不十分な復唱、思い込みなどが指摘されており、いずれも管制官とパイロットらの無線を通じた会話の過程で生じている。

生かされなかった過去の教訓

過去の報告書では再発防止のために何をするべきだと言っているのだろうか。

たとえば福岡空港で2010年12月に発生した滑走路誤進入インシデントの報告書には、気象条件にかかわらず“ストップバーシステム”を使用することが「滑走路誤進入」防止に効果的であるとの記載がある(ただし、ここではなぜか同システムの使用を「おすすめ」するにとどまっている)。

“ストップバーシステム”とは、滑走路への進入許可が出ていない場合、路面上に横一列に並んだ赤いランプを点灯させ、進んではいけないことを視覚的に示す仕組みである。平たく言えば「信号機」のようなもので、情報伝達に無線からの指示という音声だけではなく、視覚情報を併用しようというわけだ。

オーストラリアのブリスベン空港で使用されているストップバー(ブリスベン空港サイト「The low-down on Stop Bars」より)

ところが、今回海保機が通ったC5誘導路の滑走路直前にはストップバーシステムは設置されていなかった。また、ストップバーシステムが設置されていた羽田空港内の他の滑走路でも、事故当時はメンテナンス中で使用できなかったようだ。

この点について国土交通省は、ストップバーシステムは濃霧などで視界が悪い時に点灯するものであり、事故当時の視界では仮に使用できても点灯させていなかったと説明している。しかし、この説明は、福岡空港のインシデントレポートの再発防止策と矛盾する。

なお、国際定期航空操縦士協会連合会などの国際機関もストップバーシステムは気象条件に関係なく24時間使用されなければならないとの方針を示しており、実際に常時運用を義務付けている国も多い。残念ながら羽田空港の運用ルールは過去の教訓にも、国際機関の方針にも従っていなかったようだ。

あべこべだった情報伝達方法

ストップバーシステムが使われなかった背景には、さまざまな事情があるのだとは思うが、無線の音声情報だけに頼って「進め」「止まれ」を伝えるというやり方は、エラー防止の教科書的にも正しくない。

音声情報と視覚情報の特性を踏まえれば、過密空港での情報伝達を音声だけに頼るのは無理があるのだ。

会話を含む“音声情報”は時間的に保持できない。したがって「よく聞き取れなかった」「聞いたけど忘れてしまった」という場合には聞き直す必要がある。

管制官とパイロットの会話でルール化されている「復唱」は、こういったエラーをある程度は防いでくれるだろう。しかし「全く聞こえなかった」とか「言葉は正しく伝わったが内容を勘違いした」という場合には復唱によるエラー防止効果は期待できない。その証拠に今回の事故でも復唱は正しく行われていた。

一方、信号や画面表示のような視覚情報は、表示が切り替わらない限り情報を保持できる。確認したい時にいつでも確認できるし、勘違いが起きにくい。

「進め」「止まれ」などを伝える方法として視覚情報が優れていることは、交差点の信号機が灯火ではなく音声だったらどうなるかを想像してみれば明らかだ。羽田空港のような混雑した空港では、情報伝達は音声だけに頼るのではなく、視覚情報を併用するべきであっただろう。

羽田空港は1分間に1.5本の飛行機が発着している計算で、世界有数の過密状態にあるという(画像:国土交通省「航空管制官」ページより)

ところで、今回の事故では、音声情報と視覚情報の使い分けが教科書的には“あべこべ”になっていたところがもう1つある。

管制塔には「滑走路占有監視支援機能」と呼ばれるシステムがあり、事故当時、画面上には滑走路誤進入の警告が表示されていたが、管制官はこれに気づかなかったとされている。

人間の目は前にしかついていないので、後ろに表示された視覚情報には気づかないし、何かに注意が集中していれば、視界に入っていても注意を向けていない対象に気づくのは容易ではない。

一方、“音声情報”は時間的に保持できないが、360度どこから音がしても気づくことができる。これは視覚情報にはない長所である。だから、「即座に、確実に気づいてもらう必要がある情報」は視覚情報ではなく音声で提示するべきだったのだ。

こちらも何らかの事情があるのかもしれないが、「滑走路占有監視支援機能」が警告“音”を出す設計になっていれば、今回の事故は防げた可能性が高いだろう。

「気をつけること」に頼らない再発防止策を

先ほどストップバーシステムの使用を推奨している福岡空港のインシデント報告書に触れたが、過去の報告書の中で、再発防止策としてこのようなシステム対策をあげている報告書は実はあまり多くない。

大部分の報告書では、注意喚起、会話ルールの徹底、啓発、教育など「人間が気をつけること」を再発防止策としている。しかし、航空機の運航に関わる人たちはすでに十分「気をつけている」はずである。

それでもエラーをしてしまうのが人間の変えられない特性なので、「気をつけましょう」では効果は期待できない。

世界では航空機は年間7000万回も飛んでいるという。本気で事故をなくそうと思ったら、これまでのやり方を変えるような大胆なシステム対策が必要だろう。これには、コスト増や変化を嫌う人たちからの批判は避けられないかもしれない。しかし、今回の犠牲を無駄にすることのないように、本当に効果がある再発防止策が考案され、実施されていくことを期待したい。

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