今こそ観たい! スピルバーグ”無冠の名作”をミュージカルリメイク『カラーパープル』の楽曲やキャストの魅力を解説

『カラーパープル』© 2023 Warner Bros. Entertainment Inc. All Rights Reserved.

オスカー“最多ノミネート”の1985年スピルバーグ作『カラーパープル』とは

1985年に公開された『カラーパープル』は、作品自体の評価とは別に、スティーヴン・スピルバーグの監督のキャリアの中で、特別な一作として記憶に残る。

『JAWS/ジョーズ』(1975年)、『未知との遭遇』(1977年)、『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』(1981年)、『E.T.』(1982年)、『インディ・ジョーンズ/魔宮の伝説』(1984年)と、エンターテインメントとしての映画を革新する作品を撮り続け、しかも記録を塗り替える大ヒットを達成。誰もがスピルバーグを、ハリウッドを代表する監督と認めた。演出の非凡な才能も高く評価され、『未知との遭遇』(1977年)、『レイダース/失われたアーク《聖櫃》』(1981年)、『E.T.』(1982年)でアカデミー賞監督賞にノミネート。『E.T.』は作品賞にもノミネートされた。ただ、どちらかといえば「エンタメを撮る監督」というイメージも定着し、彼がアカデミー賞を“受賞”するのは難しいという空気も漂っていた。

そんなスピルバーグにとって『カラーパープル』は、公開当時、ついに念願のアカデミー賞受賞なるのでは……と話題を集めた作品である。予想どおり『カラーパープル』は第58回アカデミー賞で作品賞など10部門、11ノミネートを果たす。しかし、なぜかスピルバーグは監督賞にノミネートされなかった。作品賞候補の他の4作は監督賞にもノミネートされ、スピルバーグの代わりに『乱』の黒澤明監督が入ったのである。さらに残念なことに『カラーパープル』は最多ノミネートながら、授賞式では無冠という屈辱を味わった。この年の作品賞は、やはり11ノミネートの『愛と哀しみの果て』だった。スピルバーグのアカデミー賞監督賞受賞は、8年後の『シンドラーのリスト』(1993年)まで待たされることになる。

ミュージカル化で新たな魅力を創造した新『カラーパープル』

多くの人を感動させる力作ながら、スピルバーグにとってある種、苦い思い出にもなった『カラーパープル』。そこから38年を経て、彼はプロデューサーとして再び同じ物語に挑んだことになる。その意味で執念が宿っているのが、この新しい『カラーパープル』だ。

アリス・ウォーカーの原作小説「カラーパープル」(1982年刊)が1985年に映画化され、2005年にはブロードウェイのミュージカルになった。同作は初演時にトニー賞にノミネート。10年後の再上演で、同賞のリバイバル・ミュージカル賞を受賞する。今回は、そのブロードウェイの舞台を映画化したわけだが、オリジナルとほぼ同じ物語が、ミュージカルになるとここまで新しい魅力とともに迫ってくるのか……と、新鮮な感動に包まれる。

父親から虐待を受け、10代で横暴な男の妻になったセリー。最愛の妹ネティとも離ればなれになる彼女だが、自由に生きようとする女性たちとの交流で、自立へのきっかけを見出す。基本的にはハードな展開で、重苦しい瞬間もある物語を、1985年版はそのままのムードに忠実に映画にしたわけだが、今回は2曲目の「Mysterious Ways」のナンバーから、王道のミュージカル映画らしく登場人物たちのめくるめくアンサンブルダンスが展開。一気にテンションが上がり、舞台となる20世紀初めのアメリカ、ジョージア州にトリップしてしまう。

続く「She Be Mine」では、男たちがハンマーで土を叩き、女たちが川で洗濯する日常の動きがダンスに変換されるという、こちらもミュージカルらしい振付を、主人公セリーを中心に的確なカット割り、アングル、編集で魅せていく。単独での長編映画の監督はこれが2作目のブリッツ・バザウーレは、安定の演出力を発揮した印象だ。

この後も、たとえばセリーの人生を大きく変える歌手のシュグ・エイブリーの登場シーンのナンバー「Shug Avery」の群舞は、1940~1950年代、ミュージカル映画黄金期の名作を彷彿とさせ、なおかつその後のマイケル・ジャクソンなどMTV時代の映像も頭をよぎる構成で、圧巻の一言。もちろん作品のテーマを伝える「Hell No!」など、圧倒的なボーカルとともに歌詞が心に響く名曲もオンパレード。切なく胸を締めつける物語をミュージカルで展開するスタイルは、『ウエスト・サイド・ストーリー』(2021年)に通じるもので、このあたりにもスピルバーグのスピリットが感じられる。

ウーピー・ゴールドバーグほか“次世代に受け継ぐ”キャスティング

キャストでは、セリー役のファンテイジア・バリーノ、セリーの義理の娘で自立した生き方を貫くソフィア役のダニエル・ブルックス(※第96回アカデミー賞で助演女優賞にノミネート)は、ブロードウェイ版でも同役を演じていただけあって、余裕の演技・歌唱でこちらを酔わせる。とくにソフィアは物語のキーパーソンで、1985年の映画では、あのオプラ・ウィンフリーが演じてアカデミー賞助演女優賞にノミネート。人気トーク番組『オプラ・ウィンフリー・ショー』は翌1986年にスタートし、彼女はアメリカのエンタメ界で最高の地位を確立した。ウィンフリーは今回、プロデューサーに名を連ねている。ブルックスの存在感は、そのウィンフィリーに引けを取らない。

そして出演シーンは短いながら、『リトル・マーメイド』(2023年)でアリエルを演じたハリー・ベイリーが、ネティの少女時代でまたも美しい歌声を聴かせる。彼女の単独ナンバー「Keep It Movin’」はベイリー自身が作曲を担当。他のナンバーとは明らかに違うノリで耳に残るはず。

もう一人、注目のキャストはセリーの夫、ミスターを演じたコールマン・ドミンゴで、こちらでは支配的で横暴な役柄ながら、『ラスティン:ワシントンの「あの日」を作った男』(2023年:Netflixで独占配信中)では、1960年代のゲイの政治活動家役で、まったく別人の演技をみせている。

ドミンゴは『ラスティン~』でアカデミー賞主演男優賞にノミネートされており、その豹変ぶりを『カラーパープル』とぜひ比較してほしい。

ミスターの父親(オールド・ミスター)での、現在87歳のオスカー俳優、ルイス・ゴセット・ジュニアの“いぶし銀”の名演。1985年版で主演を務めたウーピー・ゴールドバーグの参加など、映画の歴史を実感する見どころも各所にある。とくにウーピー・ゴールドバーグの役どころは、「作品を次世代に受け継ぐ」意図が感じられ、胸が熱くなった。

「#MeToo」が起こり、さまざまなハラスメント問題が明るみになっている現在、この新しい『カラーパープル』を観れば、時代が要求した作品であることを実感するだろう。セリーが一大決心を表明する重要なシーンに、人間としての誇りが凝縮され、否が応でも激しい感動に襲われるのは、今の時代ならではかと。そしてこうしたテーマ性だけでなく、ミュージカル映画として、つまりエンタメとして純粋に興奮させるところが、『カラーパープル』の魅力であり、そこに“スピルバーグらしさ”を感じられるかもしれない。

文:斉藤博昭

『カラーパープル』は2024年2月9日(金)より全国公開

© ディスカバリー・ジャパン株式会社