朝鮮史上「最大の謎」とされる怪死事件に迫る!暗殺スリラー韓国映画『梟―フクロウ―』の苦労人アン・テジン監督インタビュー

『梟―フクロウ―』©2022 NEXT ENTERTAINMENT WORLD & C-JES ENTERTAINMENT & CINEMA DAM DAM. All Rights Reserved.

<暗殺>には抗えない魅力がある

日本史、世界史を学んでいると<暗殺>の文字を目にすることが多い。

暗殺は“秘密裏”に(大抵は政治的)影響力のある人物を殺害する言葉だ。だから「誰が」「どうやって」が明らかになっていない場合がほとんど。クレオパトラあたりがわかりやすいだろう。もちろん日本でも織田信長の死は未だ議論が絶えないし、映画ではケネディ暗殺をネタにした作品には事欠かない。

<暗殺>には魅力がある。なぜなら行為に及ぶ過程や動機に“隙間”があり、想像力がかきたてられるからだ。ゆえに、

「実は○○が××だったのでは?」

そんな空想を入れ込んで機知に富んだ物語を紡ぎやすい。映画『梟―フクロウ―』は“隙間”を存分に活用し、“暗殺”にファンタジーを入れ込んで、群像劇とサスペンスを融合させた一大エンタメ映画だ。

全身が黒光りし、耳目四肢の七つの穴からは鮮血が流れ出て……

本作の舞台は17世紀初頭の朝鮮、第16代王・仁祖の時代。この頃の朝鮮は清(中国)にこっぴどくシバかれまくっており、混沌としていた。それゆえ、政治は親清派と朝鮮国粋派に別れ内ゲバが発生し、目も当てられない状況。そんな中で発生した仁祖の息子ソヒョンの謎の死……。この死を巡っての物語となる。

まず、この時代を記した書物「仁祖実録」に記載されたソヒョンの死に様がアツい。

全身がすべて黒光りし、耳目四肢の七つの穴からはすべて鮮血が流れ出ており、黒い簾でその顔の半分だけ覆っておいたが、そばにいる人もその顔の光を分別することができず、まるで薬の過剰摂取で死んだような状態だった。

――「仁祖実録」(46巻より)

ね、エグいでしょう? 本作はソヒョンが毒殺され、その場に居合わせた盲目の天才鍼師ギョンスが事件に巻き込まれていく、というサスペンスだ。

アン・テジン監督に「裏の狙い」を聞く!

とにかく脚本が捻りまくっている。前半は群像劇。しがない針師だったギョンスが宮廷に召し抱えられ、盲目というハンディキャップをモノともせず仁祖やソヒョンの信望を集めていく様が描かれる。ドラマに必要なキャラクター(意地悪役、お笑い役、生真面目役)を満遍なく配置。サクセスストーリーが存分に堪能できる。

後半は一転、盲目ゆえにソヒョン毒殺に利用されたギョンスが濡れ衣を着せられ窮地に追い込まれる中、真犯人を追い詰めていくサスペンスとなる。この転換が見事で、親清派であるソヒョンと朝鮮国粋派の仁祖を次第に強調していくことで、グラデーションのように映画の色調を変化していくのだ。

『梟−フクロウー』において、ギョンス以外の実在とされる主要人物は、史実通りの行動をしている。つまりギョンスも“実在していたのでは?”と思わせるほどの作り込みの、素晴らしい脚本となっている。

筆者は20世紀以前の朝鮮史に全く明るくなかったが、本作をきっかけに興味を持ち、暇さえあれば仁祖時代の朝鮮史を漁っている。これは監督アン・テジンの思うつぼだったわけだが……。

「朝鮮の歴史に興味を持ってほしかった」

―ドラマともサスペンスともホラーとも思えるエンターテインメント映画でした。とても楽しんで拝見しました!

ありがとう!

―もともと「盲目の主人公が何かを“目撃”する」というプロットから脚本を作り上げていったとのことですが、歴史物となったきっかけは?

最初、私に提示されたプロットがそれだったんだ。盲目といっても特殊な病気でね(※ストーリーに関わるため、詳細明記は避けます)、これが凄く興味深くて。この病に合う物語を模索したところ「仁祖実録」にある、ソヒョンの死にたどり着いた。ソヒョンの死は朝鮮史において“最大の謎”と言われていて、その謎を追いかけるように物語を作り上げていったんだ。

―その物語ですが、前半と後半で雰囲気が一変します

知っての通り、雰囲気がガラリと変わるスイッチとなるのは、主人公ギョンスがソヒョンの殺害を目撃するところだ。観客にはそのスイッチが入ったことを体感してほしかった。なぜならギョンスも目撃前と後で全く人生が変わってしまうよね。それを観客の皆さんと共有する形にしたかったんだ。演出で重きをおいた部分は、とにかくギョンスの視点と観客の一体化だね。

―夜のシーンの美しさやメインビジュアルである針の恐ろしさが見事でしたが、どのようなこだわりがありますか?

「とにかく楽しんでほしい」が最優先だったよ。その裏では、朝鮮の歴史に興味を持ってほしかった。映画を見終わったあと、歴史について見聞きすることに関心が向けばいいという思いがあった。だから少し物語に隙間を持たせているんだ。

「監督がスタッフと役者の言うことを聞いていれば巧く撮れる(笑)」

―イ・ジュンイク監督の『王の男』(2006年)では助監督を務めていらっしゃいましたが、本作を撮るにあたって、イ監督からアドバイスなどはありましたか?

イ監督からは「映画はね、監督がスタッフと役者の言うことを聞いていれば巧く撮れるんだよ」とアドバイスを受けたよ(笑)。彼には映画を撮る前に脚本を渡したんだけど、「これは面白くない」と一蹴されたんだ……。でも、完成した作品を観てもらったら「面白いね!」と言ってくれたよ(笑)。

―『王の男』から17年経って、ようやく長編監督デビューとなりました。かなりの期間がありましたが、苦労されましたか?

もう毎日が試行錯誤だったよ。「これだ!」という苦労は思い出せないけど、いつもカフェに行ってシナリオを書いて……の繰り返し。たぶん、普通の人と同じようにルーチン的に淡々と続けていた感じかな。

―俳優への演技指導はどのようなものでしたか?

イ監督からのアドバイスにもあったけど、撮影に入る前からキャストとのコミュニケーションを重要視したんだ。もちろん、リハーサルでも本番でもとにかく会話をして調整していく形式を取った。でもね、みんな演技が上手いから私は「単純にいいテイクを繋げればいい」といった感じでね。本当に恵まれていたと思うよ。

「黒澤明監督をはじめとした“日本の巨匠”の映画をよく観ていた」

―ところで普段、日本の映画はご覧になられますか?

映画の勉強をしていたころは黒澤明監督をはじめとした“日本の巨匠”の映画をよく観ていたね。最近では是枝裕和監督の『怪物』が印象的だったかな。

―本作も『王の男』も歴史物でしたが、本作のどこかファンタジックな雰囲気から、監督はSFがお好きなんじゃないかと思うのですが、いかがですか?

逆に聞きたいんだけど、どのあたりからそう思ったの?

―毒殺のシーンや盲目の幻想的な演出部分です

なるほど、うん。実際にSFには関心があるよ。実は、次に撮ろうと思っている作品は人工知能を扱ったアクションスリラーなんだ。まあ、言い換えればSFモノといってもいいよね。だからいま、人工知能SFの原点『2001年宇宙の旅』(1968)を繰り返し観ているところだよ!

監督が話す通り、『梟―フクロウ―』は歴史物だがSFスリラー好きにもアプローチできるポテンシャルを持ち合わせている作品だ。目に針が突きつけられたメインビジュアルにピンときたら、ぜひ劇場に足を運び、盲目の鍼師が“目撃”する恐ろしい事件を体感してみてほしい。

取材・文:氏家譲寿(ナマニク)

『梟―フクロウ―』は2024年2月9日(金)より全国公開

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