田の神様「お許しを」 何とか「あえのこと」営む 奥能登各地

田の神様を田んぼに送り出す住民=輪島市三井町小泉

  ●秋の実り能登の復興願って

  ●輪島・三井膳料理の代わりに野菜

 国重要無形民俗文化財で国連教育科学文化機関(ユネスコ)無形文化遺産に登録されている農耕儀礼「あえのこと」が9日、奥能登各地で営まれた。地震の影響で延期や中止を決めた家庭が多い中、輪島市三井町では、伝統行事を絶やすまいと膳料理に代えて野菜を用意するなどして実施した。「今年は十分なもてなしができませんが、神様どうかお許しください」。住民は秋の実りと能登の復興に願いを込め、深々と頭を下げた。(室屋祐太)

 あえのことは、農家が12月に田の神様を自宅に招き、翌年2月に田んぼへ送り出す。今年は家屋の被害や断水の影響で実施を見送る地域が相次いだが、輪島市三井町小泉の「茅葺庵(かやぶきあん) 档(あて)の館」は「先人から受け継いだ伝統を守ろう」と田の神様を送り出すことに決めた。

 9日、同館を訪れると、住民10人が地震で散乱した家財道具や傷んだ戸の片付けを進め、畳を拭くなどして準備を整えていた。水がないため例年のような料理や温かい風呂を準備できず、代わりにダイコンやサツマイモを用意。無事だった神棚には新調した依代(よりしろ)を供えた。

 主人役を務めた三井公民館の小山栄館長は「元日に襲った地震のため、今日まで神様の姿を見ることができませんでした。十分なもてなしはできませんが、お許しください」と話し、神様の好物とされる甘酒を振る舞った。

 その後、三井小児童が作った「がんばろう三井」の横断幕を掲げ、神様を田んぼへ送り出した。「さまざまな意見があったが、みんなの協力で神様を無事に送り出せてほっとした」。小山さんの表情には安堵(あんど)がにじんでいた。

 地元の神社も壊れる中、儀礼の実施には否定的な意見もあったそうだが、竹内新栄さん(71)は「神様を送り出すと、今年もやらんなんと思えてくる」と前を向く。「能登は優しや土までも」と言われる土地の神様である。復興へ向かう地域を温かく見守ってくれるに違いない。

  ●能登町は刺し身出せず

 能登町では国重(くにしげ)と時長であえのことが営まれ、住民は豊作と、これ以上の災害がないよう祈りをささげた。

 国重では田の神様保存会長の吉村安弘さん(80)方で行われ、吉村さんは紋付き袴(はかま)ではなく、礼服を着用して臨んだ。タラの子付けの刺し身の代わりにタラコ入りの昆布巻きを出し、田の神様に「魚が手に入らないのでご容赦ください」と頭を下げた。近くの田に送り出し、手を合わせた。

 集落合同で儀礼を守る時長の山口集会所では、山口みどりの里保存会の中谷光裕さん(52)が作業着姿で主人役を務めた。田の神様に「恐縮ですが、略儀にてお送りいたします」とあいさつした後、だし巻き卵やおはぎなどで歓待した。近くの田に送った後、くわを入れて頭を下げた。

  ●穴水1カ月延期

 穴水町で唯一、あえのことを受け継ぐ藤巻の森川祐征さん(84)は儀礼を1カ月延期し、3月9日に営む。壁が崩れた床の間を修理し、料理や内容も簡素化する考えで、森川さんは「元通りにはできん。神様にはもう少し家におってもらう」と話した。

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