春から「動物のお医者さん」になるあなたへ 「そんなに焦らなくてもいいんちゃう?」採血も苦手だった、先輩獣医師からのメッセージ

初めての体重測定…

先日、動物病院の院長である友人Aと久しぶりに会いました。Aは獣医師として人として優秀であるため、動物病院は忙しく、まさに猫の手も借りたいほどです。そして最近、獣医師になりたて初心者マークの勤務医が働きだしたそうです。私たちは大学を卒業してはや20年が経ち、はじめて動物病院のお医者さんになったときのことを忘れつつあり、その新人の勤務医のやることなすことに(その新人には申し訳ないのですが)びっくりしたりおかしかったりで、彼から話を聞きました。そして、自分が獣医師になりたての頃を思い出しました。

私の獣医師としてのスタートは、地方の中規模の動物病院で始まりました。同期入社は私ともうひとり、B先生でした。当時の私は全てに自信がなく、動物病院に関しては何もわからない獣医師でした。大学の研究室は「基礎系」といわれるところで、大学時代には附属の動物病院に全く出入りしていませんでしたので、文字通り「初心者」なのでした。かたや同期入社のもうひとりのB先生は、大学時代後半の3年間、ずっと附属動物病院に所属していて、入社した4月1日に、すでに自作の便利手帳を3冊もポケットに入れている優秀な動物のお医者さんでした。

同期入社は2人だけですので、常に比較されました。運動神経の悪い私は採血も失敗することが多く、ましてや飼い主さんの前でする、患者さんが目の前でみていることころでする、というだけで心拍は上がり手元は震え、、、もう無理でした。動物を預かって、奥の手術室で採血させていただくことはできないのだろうか?とにかく飼い主さんがじっとのぞき込んでいると、採血は無理…泣きそうでした。

動物病院には、保護した地域猫もやってきます。どんな動きをするかわからないので、慎重に対応します。

おまけに私は、診察で飼い主さんから何を聞き出し、どんな検査をしたらいいのか、頭が真っ白になり考えられませんでした。自分を客観的にみることも出来ないので、何を勉強したら一人前の獣医師になれるのかも皆目見当がつかないでいました。ですから、「勉強会」「学会」と名の付くものは片っ端から行ってみたくなりました。その年の秋には大阪で大きな学会があり、もちろん、とにかく自分の休みの日に自腹で参加してみました。その学会では、岡山の動物病院で勤務しておられるC先輩にお会いしました。

優しいC先輩は、その日の夜の食事に誘ってくださいました。そして、私の新人獣医師としての様子を心配してくださっているC先輩に、ついつい愚痴をしゃべってしまいました。「私は採血すらうまくできない。手術はもちろん、出来ない。診察の流れ?というものもよくわからない…」

半泣きになってしゃべる私に、C先輩は的確にお話ししてくださいました。

「K先生(C先輩のさらに先輩)なんて、もう動物病院で働いて5年になるけど、未だに採血は失敗ばっかりだし、手術も得意じゃない。でも、犬の食事のこととなるとものすごく深い知識を持っていて、飼い主さんに30分くらい話をしているし、僕が相談すると何でも答えてくれるんだよ。それで良いんじゃない?何でも完璧にできる獣医師なんていないよ。みんな得意なことと不得意なことがあるもんだよ」

歯科処置をしています。犬猫は、お口を開けてじっとしていてはくれないのでやむなく全身麻酔をかけての処置になります。

その時はカタルシス効果もあったのか、私は非常にすっきりしたことを覚えています。動物病院の獣医師は、いまでこそ専門病院や二次病院も増えましたが、20年前はそれこそ動物種もウサギやカメから犬猫まで診ましたし、病気も心臓病のお薬を使った治療から肝臓摘出、骨折手術などの外科治療まで、ひとりの獣医師がこなしていました。動物のお医者さんは、なんでも出来ないといけない、あれもこれも覚えないといけない、そう思っていました。

人間のお医者さんは専門がとても細分化されていて、例えば皮膚科のお医者さんは、毎日毎日皮膚の病気だけ診察をしますね。ですので、皮膚の病気に関しては深く勉強して的確に治療出来るようになります。一方の動物のお医者さんは、基本的には人間のお医者さんと違っていろいろな病気の診断と治療をします。ですから、病気に関しては比較的広く浅く学ぶことになります。

しかし、何の病気かわからない、何科の病気なのかわからないような難しい病気、あるいは複数の科に渡るような複合的な病気、身体全体を診る病気を診断させていただくのは、動物のお医者さんの醍醐味だと、私は思っています。探偵のお仕事とも似ていて…その動物の症状やみた感じ、触った感じ、発するにおい、肺や心臓・お腹から発する音、飼い主さんの心などを手掛かりに病気を診断することは、私には魅力でありました。でも、その全ての治療を自身で完璧にこなそうとすると、そりゃ大変ですよね。

ですから専門病院でなくとも、その動物病院、その獣医師によってによって得意不得意というのがありますし、手術にしてもきれいに縫えるとか、早くできるとか、施術する獣医師によって、いろいろな特徴があると思います。

話はちょっとずれますが、一般の方々が動物病院を選ぶ時もそのような情報を仕入れて、飼われている動物のこの症状だったらこの動物病院が良いのでは?…というように選ばれたら良いかなぁと思います。

採血したら、血液は機械にセットして検査します。

話を元に戻しますが、私はC先輩に愚痴を聞いていただいた後、すっきりと割切ることができ、自分の最も興味のあるいくつかの分野を頑張って勉強することが出来るようになりました。具体的には、歯科、腎臓病、てんかん、心臓病、、、最も興味のあることは出会う患者さんによっても季節によっても刻々と変化していきましたが、それも良しとして。それから、診察で飼い主さんから何を聞き出し、どんな検査をしたらいいのか系統立てて考えるトレーニングができる勉強会に通いました。

いま振り返って新人獣医師だった私に言いたいことは、そんなに焦らなくてもいいんちゃう? ひとつひとつの診察を丁寧にこなしていけば、診断と治療に先輩獣医師の確認をとっていけば、着実な未来が待っているよ、ということです。仕事にはミスはつきものですが、医療でミスをすると命にかかわることがあるので、そこは慎重に、周囲と確認しあって。

そして最後に、新人獣医師にとって一番大切なことは、とにかく嘘をつかないことなのではないかなと思っています。

なかには、こんな面白いことをして猫チャンを連れて来られる方もおられます!

(獣医師・小宮 みぎわ)

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