【解説】危険な時に危険な発言……NATO加盟国への攻撃を「促す」とトランプ前米大統領

フランク・ガードナー、BBC安全保障担当編集委員

始まってしまった。次のアメリカ大統領選までまだ9カ月だが、共和党の候補者になる見通しとされるドナルド・トランプ前大統領の挑発的な発言に、早くも大勢が唖然(あぜん)とし、北大西洋条約機構(NATO)加盟国の首都では大勢の血圧が上昇した。

それでも、彼の発言は支持者の多くを喜ばせるはずだ。

前大統領はサウスカロライナ州での支持者集会で10日、軍事費負担が不十分なNATOに対して、(たとえばロシアなどの)侵略国が「好き勝手にする」のを「促す」と述べた。ホワイトハウスは直ちにこれを非難した。報道官は「とんでもない、むちゃくちゃ」な発言だとして、「殺人的な独裁政権が、我が国と親密な同盟色を侵略することを、奨励している」と強く批判した。

NATOのイェンス・ストルテンベルグ事務総長も強い調子で反発し、「同盟諸国が互いを守らないなどという発言は、アメリカを含めて全員の安全保障を損なう。アメリカと欧州各国の兵士に対する危険を、いっそう拡大する」ものだと述べた。

トランプ氏は本気で発言したのだろうか。おそらく違う。これは典型的なトランプ劇場だ。なにか挑発的なことを言い、ニュースの話題となり、批判勢力を激怒され、ファンを大喜びさせるという、いつもの流れだ。

しかし、皮肉なことに、NATOの同盟諸国の一部には、彼がかつて大統領としてNATOを脅し続けたことを、不承不承ながら感謝する向きもあるのだ。NATOには加盟国が一定の防衛努力をするために国内総生産(GDP)比2%を国防費に充てると合意された基準があるが、一部の欧州諸国がこれを満たそうとしないことにあまりに腹を立てた当時のトランプ大統領は2018年に、アメリカはいっそのことNATOを離脱するぞと脅したのだ。

これにNATO加盟諸国の軍幹部はそろって、愕然(がくぜん)とした。アメリカの大統領がそのような脅しを、いざ本気で実行し、お前たちは自分で自分を守れと欧州を見捨てた場合、NATOは壊滅的な打撃を受け、現行の形では存続できなくなる。

しかし、当時のトランプ発言による衝撃と合わせて、ロシアが2022年2月にウクライナの全面侵攻を開始したことで、一部の欧州諸国は自国の防衛費を相応に拡大すると約束するに至った。例えば、ドイツがその顕著な例だ。

一部の国が国防費を十分に負担していないというトランプ前大統領の言い分に、彼の支持者や、それ以外の人も、大きく共鳴する。NATO自身が公表した統計によると、アメリカの2023年国防費は対GDP比3.49%だった。イギリスは2.07%。しかし、ドイツ、フランス、イタリア、スペインはいずれも、合意基準の2%を下回った。

逆に、ロシアに地理的に近い国々が対GDP比でいうと最も多額を国防費に充てたというのが、わかりやすい現象だ。

そしてアメリカの共和党内では、「欧州が自分たちの防衛費を自分で払わないのに、なぜ我々アメリカが欧州を守る負担を負わなくてはならないのか」という声が、相次いでいる。

それでも、トランプ氏が放り出すように口にした今回の発言は、NATOと西側世界にとって、危険な時に発せられた、危険な言葉にほかならない。ウクライナが2023年夏に仕掛けた反転攻勢は、失敗したからだ。

ロシア軍は、ウクライナで占領した地域にしっかり居座っているし、東部ドンバス地方ではじじわとウクライナ軍を後退させている。ロシア政府は自国経済を戦時経済へと移行させ、歳入の約4割を国防に振り向けている。そして、ウクライナの防衛力を押しつぶすことを期待して、品質の悪い兵器を大量に作り続けているのだ。

ポーランドとバルト諸国は、ロシアのウラジーミル・プーチン大統領がウクライナでの戦争目的を達成すれば、次は自分たちの番だと確信している。ロシアは軍を立て直し、早ければ3年以内に自分たちの国に向かってくるはずだと、ポーランドやバルト諸国は身構えているのだ。

北大西洋条約第5条の抑止効果を多いに信用するのが、もう長いことの慣習としてある。これは、NATO加盟国に対する武力攻撃は全NATO加盟国への攻撃と見なし、防衛に協力すると、いわばNATOの「憲法」で定めたものだ。

つまり、もしもロシア政府がたとえばエストニアの国境を侵犯し、戦車を送り込むことにしたとする。すると、NATO全体が一斉かつ大々的に反撃するという取り決めだ。しかし、トランプ政権がまた発足した場合、NATOが必ずそう反応するとは、確実視できないかもしれない。

だからこそ、今回のトランプ発言は危険なのだ。将来的にいずれかの侵略者が(欧州おいてプーチン氏だろうが、南シナ海おいて中国の習近平国家主席だろうが)、アメリカはもしかすると同盟国を守らないのかもしれないと疑い始めようものなら、とんでもない誤算を引き起こす危険がある。

2年前には、ロシアの諜報担当たちがプーチン大統領に、ウクライナを侵略しても西側は何も対応しませんよと助言していた。

その情報は間違っていた。そして、壊滅的な戦争が現実のものになってしまったのだ。

(英語記事 Trump on Nato: Dangerous talk at a dangerous time

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