気温が1.5度上昇するとスイスはどうなる?

フリブール州のグリュイエール湖。2020年4月17日撮影 (Laurent Gillieron / Keystone)

2024年の平均気温は国際社会が温暖化の上限とする1.5 度を初めて超える可能性がある。これを超えると地球上の生命にどのような影響が及ぶ可能性があるのか。地理的に気温が上昇しやすいスイスはどうなってしまうのか? 2023年は19世紀半ばの観測開始以来、最も暖かい年となった。そして2024年には別の新記録が達成される可能性がある。世界の平均気温が産業革命以前に比べ1.5度を超えるとの予測が浮上している。 ローザンヌ大学の気候科学者サミュエル・ジャカール氏はswissinfo.chに「非常に悪いニュースだ。予想よりも早く1.5度に達する可能性がある」と語った。 2024年の気温上昇が予想されているのは、温室効果ガスの排出に加え、太平洋域の大幅な温暖化を引き起こすエルニーニョ現象が発生する可能性があるためだ。 地球の温度上昇はなぜ最大1.5度までに抑えなければならないのか?温暖化がさらに進むと、どのような影響が考えられるのか?スイス国内外の専門家に見解を聞いた。 「1.5度」の上限はどのように決まったのか? 2015年、排出量削減を目的に初めて法的拘束力を持つ普遍的条約「パリ協定」が採択された。スイスを含む世界のほぼすべての国が、産業革命以前のレベル(1850~1900年の平均)と比較した世界の平均気温の上昇幅を「2度より十分低く」保ち、1.5度に抑える努力をすることで合意した。 2度上限は一連の科学的研究を根拠とする。一部は1970年代にまで遡り、地球温暖化がさらに進むと人類文明にとって前例のない状況がもたらされるとした。これは地球の動植物に損害を与えるだけでなく、人類にとっても壊滅的なものとなるという。2010年にカンクンで開かれた気候変動枠組み条約第10回締約国会議(COP10)で、2度上限は野心的だが手の届く目標として、正式に採択された。 だがその後数年、小島しょ国など気候変動に対して最も脆弱な国々は、2度に達する前であっても持続不可能な大変動が発生する可能性があると訴え、目標の見直しを求めた。2015年に、入手可能な最新の科学的証拠に基づいて、上限値が1.5度に引き下げられた。 1.5度目標の根拠は? 2018年に発表された気候変動に関する政府間パネル(IPCC)の特別報告書は、気候システムの完全性を維持し、気温上昇に伴うリスクを軽減するために、地球温暖化を1.5度に制限することの重要性を強調した。 ポツダム気候影響研究所のヨハン・ロックストローム所長は、1.5度目標は妥協の余地があるほかの政治交渉に匹敵するものではないという。英紙ガーディアンに、1.5度目標は恣意的・政治的な数字ではなく、地球規模の限界であると語った。 上限を0.1度でも超えると世界が終わってしまうわけではない。だが地球温暖化を可能な限り抑えることで、気候、ひいては地球に不可逆的な変化が起きる可能性を減らすことができる。 連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)の気候学者ソニア・セネヴィラトネ教授は、気温上昇は1.6度よりも1.5度の方が望ましいと強調する。0.1度の上昇を防ぐことで、西南極の氷床の融解などの転換点に近づくリスクが軽減されるという。 1.5度を超えるのは、パリ協定の2つの目標のうちの1つが達成できないということなのか? 1.5度目標は数日~数週間の限られた期間だが、すでに何度かオーバーしたことがある。2023年の半分近くは、産業革命以前よりも1.5度以上暖かい日だった。11月には平均気温が観測史上初めて2度を超えた日が2日あった。 欧州連合(EU)の気象情報機関「コペルニクス気候変動サービス」(C3S)は、たとえ実際に2024年の年間平均気温が1.5度を超えたとしても、パリ協定が破られたことにはならないと強調する。 実際、パリ協定が目標とするのは前後20年間の中央値だ。IPCCの最も可能性の高いシナリオに基づくと、これが1.5度を突破するのは2030年代前半になる。 1.5度上昇すると、どのような影響が起きるのか? 1.5度目標を守るには排出量を大幅に減らす必要がある。IPCCの推定では、2030年までに2019年比で43%削減しなければならない。 達成できなければ熱波や干ばつ、豪雨などの異常気象が起きる頻度が増す。19 世紀末には50年に1度の頻度だった極度の熱波は、1.5度上昇するとほぼ9倍に増える。 異常気象や自然災害は、世界中で犠牲者を増やし、生物多様性を損なうことにつながる。作物の収穫量も減り、海面上昇で住処を失い肥沃な土地に移住しなければならない人がさらに増える。 下図は1.5度および2度の温暖化が人口と生態系に与える影響を一覧にした。 スイスではどのような影響が出る? スイスはすでに気候変動の影響が大きく出ている。夏は暑くて乾燥した期間が長くなり、氷河は容赦なく溶け、冬は雪が少なくなった。ETHZ大気気候科学研究所の研究者であり、IPCC論文の共著者であるエルリッヒ・フィッシャー氏によると、スイスでは近年、「近い将来悪化し、より広範囲に及ぶ可能性のある極端な現象の予兆」があったという。 大陸性気候に属するスイスには、海洋の冷却効果が及ばない。一般的に、極に近い地域は赤道に近い地域よりも温まりやすく、中緯度という位置もマイナスだ。また雪や氷が溶けると露出した表面の太陽反射が減り、吸収される熱が増え気温が上昇しやすくなる。 スイス気象台(メテオ・スイス)によると、スイスでは新世紀の変わり目に、すでに1.5度上限を超えていた。2013~2022年の平均気温の上昇幅は2.5度と、世界平均のほぼ2倍となった。 世界全体が1.5度上昇すれば、スイスではほぼ3度上昇することになる。ジャカール氏によると、アルプス氷河の融解が加速し、低地での積雪は減少。農業が最も水を必要とする夏場の雨が少なくなり、冬には雨が多くなる。 ジャカール氏は熱波や昨年7月にラ・ショー・ド・フォンを襲ったような壊滅的な嵐など、スイスでは誰しも異常気象を経験したことがあると話す。「こうした極端な現象が増え、日常生活に影響を与える具体的な影響が目につくようになった」。熱中症での死亡率や、干ばつによる一部の食品の価格の上昇もその例だ。 だが最悪のシナリオを避けるのに遅すぎることはない。IPCCは最新の報告書の中で、排出量を削減し、地球上で住みやすい未来を確保するための「実現可能かつ効果的な」選択肢が複数あることを強調している。 編集:Sabrina Weiss、ドイツ語からの翻訳:ムートゥ朋子、校正:大野瑠衣子

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