Vol.74 実証が進むAEDドローンの有効性[小林啓倫のドローン最前線]

AEDドローンの可能性

「心室細動(VF:Ventricular Fibrillation)」という不整脈の一種がある。これは心臓の心室が小刻みに震え、血液を身体に送り出すことができなくなるもので、数分以内に死に至る可能性がある危険な症状だ。日本では「毎日」、およそ200人の人が心室細動によって亡くなっているという報告もある。

これを救うための機器が、日本でもお馴染みとなった自動体外式除細動器、すなわち「AED(Automated External Defibrillator)」である。これは心臓に電気ショックを与えることで、除細動つまり細動を取り除くという装置で、日本では2004年から一般の人々も使えるよう規制が緩和された。現在では、救命に必要な操作を音声等で説明してくれる製品が普及しており、初めて使うという人でも十分に操作できるものとなっている。

とはいえ、心室細動がいつ起きるか予測するのは困難で、それが起きた際に近くにAEDがあるとは限らない。また前述の通り、この症状は数分以内に死に至る可能性があるため、AEDが周囲にあるかどうか探し、取りに行くという時間的・精神的余裕があるとも限らない。実際、日本AED財団のウェブサイトによれば、「倒れる瞬間を目撃された心停止の中でも、約半数は心肺蘇生を受けておらず、更に、AEDによる電気ショックが行われたのはたった4.3%」とのこと。

規制緩和から20年が経過し、装置の普及が進められているにも関わらず、AEDを使っていれば助かっていたはずの命が、多数失われているというのが現状だ。

そこで、せめてAEDが必要な際に迅速に提供されるよう、ドローンを使ってAEDを届けてはどうかというアイデアが以前から提唱されてきた。たとえば以下の映像は、早くから実用化に取り組んでいた事例のひとつ、オランダ・デルフト工科大学の大学院生が作成したコンセプト動画だ。

これは機体そのものにAEDが内蔵されているというドローンで、文字通り「空飛ぶAED」と呼べるアイデアだろう。救急連絡を受けると、ドローンが現場まで直行。機体にはカメラと無線通信が内蔵されていて、カメラでとらえた周囲の映像と音声が、リアルタイムで救急オペレーターに届けられる。あとはオペレーターの指示に従い、AEDを操作するという流れだ。

こうしたアイデアは非常に分かりやすく、ドローンによる遠隔地への医療品輸送と並び、ドローンの普及初期から研究が進められてきた。上記の映像も、作成されたのは10年前の2014年だ。そしていま、このAEDドローンの有効性を裏付けるデータが、各地で集まりつつある。

6割以上のケースで救急車よりも早く現場到着が可能

そうした研究結果のひとつが、スウェーデンの首都ストックホルムにある医科大学、カロリンスカ研究所から昨年末に発表されている。

スウェーデンでも毎年およそ6000人が突然の心停止に見舞われており、そのうち助かるのは10分の1程度とのこと。そこでカロリンスカ研究所は2020年から、ドローンオペレーターのEverdrone社などと共に、救急車の出動要請と同時にAEDを搭載したドローンを出動させる可能性をテストしている。

AEDを搬送するドローン(カロリンスカ研究所のウェブサイトより)

同研究所の発表によれば、2021年4月4日から2022年5月31日までの期間(ただし目視外飛行に関するスウェーデンの国内法が改定されるタイミングに当たっていたため、2022年1月1日から3月2日まで運航の一時停止が行われた)、救急車とAEDドローンのどちらが早く現場に到着するかの確認を行われた。すると、この期間に発生した55件のケース(通報から患者の心停止が疑われ、実際にドローンが現場にAEDを届けたケース)において、救急車より先にドローンがAEDを搬送したケースは37件で、全体の67%に相当した。また搬送時間の平均値は、3分14秒だったとのこと。

また救急車より先にドローンが到着した37件のうち、18件で実際に患者が心停止していることが確認され、そのうち6件において、搬送されたAEDが使用されたとのこと。Everdrone社はそのうちの1件、2021年12月9日に発生した救急連絡のケースについて、「医療史上初めて、自律型ドローンが心停止患者の救命に貢献」した事例であるとしてアピールしている。

この実証結果を受け、カロリンスカ研究所の研究者らは、AEDの配送にドローンを使用するアイデアを「有望」であると評価している。全ての対応をAEDドローンに置き換えるわけにはいかないだろうが、最近の別の研究で示されている、救急車の応答時間の増加を考慮すると、AEDドローンは「救急車の重要な補足となる可能性がある」としている。

もちろんAEDドローンが乗り越えなくてはならない壁は、物理的な搬送だけではなく、法制度の整備や社会意識の変化といった要素も考慮しなければならない。しかし単なるアイデアやコンセプトを超えて、AEDドローンが現実世界で実力を示すケースが登場してきたことは、救急救命の現場におけるドローンの可能性を大きく裏付けるものと言えるだろう。

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