“鮨バブル”到来…「おまかせコース」で3万円超はザラ。鮨の値段を引き上げる「食材の高騰」以外の原因とは

(※写真はイメージです/PIXTA)

「おまかせコース」が3万円以上もする鮨屋が乱立する「鮨バブル」が到来中の昨今。「『値段が高い店ほど高級』という誤ったイメージが浸透している」と、鮨評論界の第一人者であり、著述家の早川光氏はいいます。早川氏の著書『新時代の江戸前鮨がわかる本 訪れるべき本当の名店』より、「10年前には考えられなかった」価格高騰の要因を見ていきましょう。

「鮨バブル」の始まり

2010年代後半に起きた“鮨バブル”について解説したいと思います。

鮨好きの人であれば、ここ数年の間に鮨屋がびっくりするくらい高くなったと感じているのではないでしょうか。

今、口コミサイトなどを見ると、人気ランキングの上位にはおまかせ3万円以上という鮨屋がずらりと並んでいます。日本酒を飲んだら勘定が4万円を超えるという店も少なくありません。この現象を“鮨バブル”と呼んでいます。

これは10年前には考えられなかったことです。当時はおまかせが3万円を超えるような鮨屋はごく一部でした。20年前となるとさらに少なく、僕が監修した2002年の雑誌記事には「(取材した銀座の名店で)勘定がひとり3万円を超えるような店は、ただの1軒もなかった」と書いています。

このバブル現象がなぜ起きたのか。その原因はここ数年の天候不順、異常気象による“魚の価格の高騰”と言われています。実際に海水温の上昇が原因とされるアジやサンマの不漁はかなり深刻とメディアでも報道されています。

もちろん天候不順は魚の価格高騰の大きな理由のひとつですが、僕は他にも理由があると考えています。

僕がおまかせの値段が高くなったと感じたのは2015年の秋あたりからです。当時は週に4軒ぐらいの鮨屋に行っていたのですぐに変化に気づいたのですが、この頃からおまかせの値上げが目立つようになり、鮨職人から「魚が値上がりして困っている」という話を聞くようになりました。サンマの不漁が大きく報道されたのが2017年からですから、その2年近くも前です。

2015年というのは、オバマ米大統領が安倍首相と『すきやばし次郎』に行った翌年。つまり銀座の鮨屋を訪ねる外国人観光客が急速に増えた頃です。

訪日外国人でもミシュランガイド星つきの高級店に行く人たちはその多くが富裕層。旨いものが食べられるのであればお金を惜しまない人たちです。2015年以降はその富裕層の客が銀座の鮨屋のカウンターを占めるようになります。するとその中から「もっと高価でいいから、最高級の食材を出してくれ」という声が出てきます。

海外の富裕層にしてみれば、ニューヨークや香港、シンガポールの星つきレストランには1人5、6万円も取る店がざらにありますから、当時の銀座の鮨屋はかなり安いという印象だったのではないでしょうか。

それによって、鮨屋が使う食材のグレードが上がります。とりわけ外国人に人気の高いマグロの大トロ(腹側の身)や高級な箱ウニについては各店が競い合うように求めるようになります。おそらくそれが市場価格高騰のきっかけです。

値段を上げても海外からの客はさらに増え続け、それが鮨屋を強気にさせます。食材の高騰もエスカレートし、さらにおまかせの値段が上がります。鮨バブルの始まりです。

SNSが「鮨バブル」を加熱させる

銀座の高級店から始まった鮨バブルは、あっという間に銀座以外のエリアに広がっていきます。それはSNSの影響によるものです。

2010年代に入ってから急速に浸透したSNSは、江戸前鮨の世界にも大きな影響をもたらします。鮨屋に行った人たちがツイッターやフェイスブックに食べた鮨の写真を載せるようになると、それがガイドブックや雑誌とは違う“リアルな情報”として受け止められるようになります。そしてSNSで話題となった鮨屋が人気になり、予約困難になるという現象まで起きてきます。

中でも大きな影響をもたらしたのがインスタグラムです。

2010年に登場したインスタグラムは、2014年に日本語のアカウントが開設され、2016年に流行して一気に広まります。その特徴は写真情報の豊富さ。ご存じの通りインスタグラムはそれまでのSNS以上にビジュアル重視のメディア。それと鮨バブルの高級食材がぴったりハマったのです。

2017年には「インスタ映え」という言葉がトレンドになり、客が店で撮った箱ウニやマグロ、アワビ、カニなどの“映える”写真をインスタグラムにアップすることが流行します。それは外国人観光客も同じで、英語のインスタグラムを他の外国人が見て興味を持ち、鮨屋を訪ねるということも起こります。この頃の観光客はコンシェルジュを介するのではなく、SNSで見つけた店をネット予約するというのが普通になっています。

そうなると鮨屋もインスタグラムを意識せざるを得なくなります。かつての高級店は、他のお客さんの迷惑になるという配慮から写真撮影お断りという所が多かったのですが、そうしたルールもなし崩しになっていきます。

インスタグラムに写真だけでなく、食べたおまかせの値段を記載する人もいます。値段が高ければインパクトもあるし自慢にもなりますから、やがてその金額を競うような風潮も出てきます。それによって「値段が高い店ほど高級である」という誤ったイメージが生まれ、浸透していくことになります。

訪日外国人が3,000万人を超えた2018年には、SNSの影響力が完全に他のメディアを超えてしまいます。それまでミシュランガイドを参考にしていた観光客もインスタグラムで店選びをするのが当たり前になります。

そうなると、ミシュランの星つきであるとか、格式ある銀座の名店といった従来の肩書きがあまり通用しなくなってきます。外国人も日本人も、ガイドブックで評価されている店より、SNSで話題になっている店に行く方が自慢になるし、それを自分のSNSにアップすれば「いいね!」がもらえるからです。多くの人が注目するのは、予約の取れない店、写真映えするゴージャスな食材を出す店、そして単純に“値段が高い店”です。かくして、おまかせ3万円を超える高額の鮨屋が人気ランキングの上位を占めるという、今の状況が生まれたのです。

鮨バブルを招いた「要因」とは

僕は、高額な鮨屋ばかりに注目が集まる今の風潮に、どうしても1980年代後半のバブル経済時代を重ね合せてしまいます。あの頃もブランド物のバッグや高級外車など高価な商品が持て囃されていました。そういう意味でも“鮨バブル”という言葉はぴったりだと感じています。

ただ僕が疑問に思うのは、鮨屋がここまで高価になったのは本当に食材の高騰だけが原因なのだろうか? という点です。マグロやウニが高騰したのは事実ですが、それだけでひとり3万円、4万円という値段を取るのは不自然なのではないか、と。

なぜなら、おまかせ3万円超の店と同じクラスの高級食材を使いながら、2万円前後に抑えている鮨屋が何軒もあるからです。

おまかせ3万円超の店と2万円前後の店の値段の差はどこから生まれるのか。それはおそらく“家賃”と“人件費”の違いです。

鮨屋の場合、他の飲食業に比べて原価率が高いのでそこにばかり目が行ってしまいがちですが、かかる経費は食材の仕入れだけではありません。店の“家賃”と雇っている人の“人件費”も経費の大きな割合を占めます。わかりやすく言えば、銀座や六本木のように相場が高い場所にある店はそれだけ家賃が高く、高級店にふさわしい接客をするために人を多く雇えばそれだけ人件費もかかるということです。

つまりおまかせの3万円、4万円という値段の中には家賃や人件費も含まれているということ。高級食材だけが理由ではないのです。僕はその中でも”人件費”が鮨バブルの隠れた要因ではないかと考えています。

おまかせをコースメニュー化したことで、仕込みに時間がかかるようになったことは先に説明しましたが、もうひとつ、スタッフを増員する必要も出てきました。今はおまかせを同時スタート、つまり19時なら19時に一斉に開始するという店が多い。すべての客に同じタイミングでおつまみと握りを提供するためのシステムですが、実はこれに人手がかかるのです。

焼き魚や煮物、茶碗蒸しといったおつまみを熱々のまま、10人近くの客に出すのはとても1人ではできない。厨房で作る人と客に提供する人、親方以外に最低でも2人は必要になる。それによって人件費の負担が大きくなっているのです。

働き方改革の影響もあります。昔は修業中の鮨職人については給料を低く設定していましたが、今はそれでは働き手が来ない。そして労働時間もきちんと考慮しなくてはいけない。最近は労働基準法の「時間外労働の上限規制」があるので、朝の仕込みから夜の終業時間まで同じ従業員を拘束することはできなくなっています。

以前ある人気店に行って驚いたのですが、カウンターと個室合わせて10数席の店なのに、親方の他に厨房に4人、サービスに4人もスタッフを雇っていました。その給料が1人月25万円と想定すると、人件費が月に200万円もかかることになります。月25日営業だとすれば1日あたり8万円。それがおまかせの金額に含まれているというわけです。

一方で、おまかせを2万円前後に抑えている店には仕込みを親方1人でやって営業時間だけスタッフを入れるなど、人件費を最小限にしている所が多いのです。それなのに値段が安いというだけで「この店の食材は高級店より落ちる」とSNSに書いてあったりするのを見ると、悲しい気持ちになることがあります。

早川 光
著述家

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