「何事もすべて受け入れることが大事」――“郷に入っては郷に従え”を実践するカブス今永昇太への高まる期待<SLUGGER>

2月14日、アリゾナ州メサのシカゴ・カブスのキャンプ場でのことだ。

今永昇太がブルペンに入ると、日米総勢20人あまりのメディアが一斉に、その好奇心に満ちた視線を30歳の左腕に向けた。

日本人独特の、足を上げてちょっと溜める投球フォーム。アメリカ人の目には新鮮に映ったようで、「ちょっと、ダルビッシュ(有/パドレス)を思い出させる」などと言う人もいた。

カーブやスライダー、チェンジアップやスプリットなど、変化球を交えながらの全31球。

今永の球を受けた正捕手ヤン・ゴームズはこう表現した。

「評判通りの球だったね」

もちろん、キャンプはまだ始まったばかりだ。

今永はこれから投球練習、ライブBP=打者相手の投球、オープン戦と開幕の準備を進めていくが、今はまだその初期段階だ。

その辺りはゴームズもよく心得ていて、「今はお互いを理解することが何よりも大事なんだ」と淡々と答え、それ以上はメディアが喜びそうなコメントを口にしなかった。

もちろん、それは今永も同じである。

「屋外で、土のマウンドで初めて投げたわりには良かったと思いますし、これからどんどん自分の改善点も見つかってくるだろうし、それを克服していくことがすごく楽しみです」

真っすぐは遠目に見てもキレがあったし、ゴームズのミットを突き上げるように小気味良い音を立てていた。変化球については本人が、「まとまりはあったんですけど、細かいところはまだまだこれからだなというところがあった」と言うぐらいだから、不満もあったのだろうけれど、彼はメジャーの新人にして、プロ野球選手としては9年目のベテランである。

たとえば、iPadでボールの解析データを見ながら投げていたことについて尋ねると、こんな答えが返ってくる。

「スライダー、カーブ、チェンジアップの曲がり幅がラボと比べてどうなのかを比べてました。スライダーもよく動いてましたし、チェンジアップも悪くない軌道だった。これからこの気候に慣れて、グリップにもしっかり慣れて、常に良い変化球が投げられるような準備をしていきたい」

彼が言う「ラボ」というのは、Laboratory=実験や研究を行うための施設であり、カブスは室内練習場の一部が投球解析用の投球練習場になっている。ラボでは全方位からの映像で投球フォームを分析できるし、球の回転数や回転軸、速球のホップ要素や変化球の上下と横幅など、かなり詳細に分析され、それを即時に映像化及び数値化できるようになっている。

それを説明してくれたのは、投球練習をする今永に、手にしたiPadを見せていたトミー・ホットビー投手コーチである。

「日本でもラプソードは多く使われていると思うけれど、ここではトラックマンを使っている。ラプソードも良いんだけど、トラックマンではもっと多くのことが解析できる。トラックマンはラプソードよりも詳細な動きが解析できるし、回転数のデータから、球がどのように変化するのかを正確に予測できるんだ」

「だから彼には、トラックマンがどのようなものなのか、どれぐらい一貫したデータを取得できるのかを把握してもらい、彼がスライダーの精度を高めるための手がかりになればいいと思っているんだ」 そういった最新のテクノロジーを取り入れることと並行して、今永は過去の日本人投手が経験してきた「実際の違い」を体験する準備段階にある。

「まずはストライクゾーンだと思います。どこまでストライクなのか、(日米の)ギャップっていうのは必ずあると思うので、しっかりチェックしていきたい」

過去の日本人投手が苦戦してきた「公式球の違い」については、すでに適応済みのようだ。

「ボールはもうずっと使ってますし、特に違和感もなく進められています。こっちはこっちで(メジャー球が)当たり前なので、自分で動かせないものは何とも思わない。特に慣らすとか考えてないです」

覚悟を決めてのメジャー移籍だ。当たり前と言えば当たり前なのだが、『郷に入れば、郷に従え』の格言のごとく、アメリカにいる自分を当たり前と思いながら、どこか達観している部分もあるようだった。

「何事もすべて受け入れることが大事だと思うので、自分はこうだからではなくて、自分の考え方とかやってきたことはすべて違うと思って、新しいことをしっかり取り入れてやっていく。しかし、監督には、自分のやってきたことを出していけばいいと言われているので、そこのバランスを上手く取りながらやっていきたい」

だから、「言葉の壁」についても、そのスタンスは変わらない。

「日本のプロ野球に外国人選手が来た時、通訳なしで頑張ろうとしたら、それはすごくトライしているように見えると思いますし。そういう風に見てほしいわけじゃないけど、自分の力で何とかするってことがこの国にアジャストしていくには大事。そういう気持ちを持ってこちらに来ているので、誰でも彼でも頼ってるのは自分としては良くないなと思っている。そこは一人で頑張っている」 それは周囲も理解していて、例えば同じ代理人事務所の救援右腕マーク・ライターなどは、今永に「困ったことがあった時は俺がサポートするから」としながらも、きっぱりこう言ったそうだ。

「でも、君に対しては俺はずっと英語で話すからね」

そう、今永はすでに、カブスの選手たちにとっては仲間であり、味方の選手の一人なのだ。

昨季のサイ・ヤング賞投票で5位に入った左腕ジャスティン・スティール、ジェイムソン・タイオン、ベテランのカイル。ヘンドリクスに次ぐ先発4番手候補と期待されているのだから、それも当たり前と言えば、当たり前の話なのだ。

日本人だろうが、新人だろうが関係ない。

今永昇太は、カブスがナ・リーグ中地区優勝やプレーオフ進出を果たすための「最新の武器」であり、仲間以外の何者でもない。そして、それを名実ともに確実なものとするため、彼は「結果」を残さなくてはならない。

それを分かっているのは、他の誰よりも今永自身である。

「ブルペンでどれだけ良くても、対バッターがダメだったら意味がないので、打者を相手にどうなるのかをイメージしながら、これから練習に励みたいと思います。だから早く、バッター相手に投げたいなという気持ちもあります」

すべてが予定通りなら、20日前後には味方の打者相手に投げるはずで、23日から始まるオープン戦の何試合目かで、Shota Imanagaは正真正銘の実戦デビューを迎える。

マウンド上で、どんなパフォーマンスを披露するのか、今から楽しみだ――。

文●ナガオ勝司

【著者プロフィール】
シカゴ郊外在住のフリーランスライター。'97年に渡米し、

アイオワ州のマイナーリーグ球団で取材活動を始め、

ロードアイランド州に転居した'

01年からはメジャーリーグが主な取材現場になるも、

リトルリーグや女子サッカー、

F1GPやフェンシングなど多岐に渡る。'

08年より全米野球記者協会会員となり、

現在は米野球殿堂の投票資格を有する。日米で職歴多数。

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