雪村の里(2月18日)

 人は、その生涯において、どれほどの名画に感銘を受けるであろうか。私にも忘れられぬ一人の画僧の意表を突いた絵がある。

 1980年、米国東海岸で専門家会議があり、その機会を利用して米国3大美術館の一つボストン美術館へ行った。50万点以上のコレクションが所蔵され、世界の名画に加えて、尾形光琳、長谷川等伯、伊藤若冲、葛飾北斎と、日本の美術作品も展示されてあった。

 この日本画に影響を与えた一人が雪村で、三春に縁がある画家と知り、2017年3月、東京芸術大学主催の「雪村―奇想の誕生」と題した美術展に行ってみた。

 雪村は若冲、蕭[しょう]白[はく]、国芳らの奇想の画家の元祖であり、光琳も魅了した破天荒で繊細な唯一無二の芸術家と称されていた。

 三春町歴史民俗資料館によると、雪村は戦国時代に生まれ、出家して仏画や肖像画を描く画僧となり、狩野派などに大きな影響を与えたと言われる。代表作は奈良市大和文華館所属の「呂洞賓[りょどうひん]図」で、唐時代の仙人呂洞賓が後ろ向きで龍に乗って、宙を仰ぐ驚[きょう]愕[がく]の絵だ。

 昨年1月末、福島第1原発事故後に始まった福島とIAEAの協力10周年のサマリーワークショップが三春の環境創造センターで開かれ、基調講演を行った。その後、三春町に隣接する郡山市西田町の雪村庵[あん]を訪ねた。雪景色の小高い丘に庵[いおり]があり、雪村桜と雪村梅が並んでいた。雪村桜の花をぜひ見たいと、同行した方にお願いしたら、春には見事に咲いた桜の写真を送ってくれた。

 この地域の雪村の作品は、福聚寺所蔵の「達磨図」と資料館所蔵の「奔馬図」だ。疾走する馬が、軽快な筆使いで描かれている。郡山市立美術館には「四季山水図屏風」がある。さらに、三春町の中心にあるまほらホールの緞[どん]帳[ちょう]は奔馬図がモチーフである。

 雪村庵は、雪村が晩年まで住んだ庵で、この地域はまさに「雪村の里」と呼ぶにふさわしいのではないだろうか。

 福島県は2026年2月から県立美術館で「大ファン・ゴッホ展」を開催し、その機会を利用して、来訪者の県内周遊を促進する「アートツーリズム」も展開すると昨年末に発表した。一方、今年の1月から「ゴッホ・アライブ東京展」が始まった。高精細のプロジェクターで、壁、柱、床に映像を映し出し、ゴッホの生涯を体験するという企画だとのこと。

 雪村の里には、雪村ゆかりの庵や「ゴッホ・アライブ東京展」のように、最新技術を使って、福島でゴッホと雪村を楽しんでもらえる企画ができないだろうか。西洋画と日本画を楽しめるボストン美術館が思い出される。

 また今年も、三春の滝桜を訪れる人々で溢[あふ]れるだろうが、足を延ばしてぜひ雪村桜も楽しんでもらいたい。

 そして、大徳寺の一休禅師がそうであったように、世俗を離れ庵でその生涯を終えた雪村。里の笹[ささ]の葉擦れを聴きつつ、一人の禅僧の姿と画風を偲[しの]んだ、私の昨年1月であった。(角山茂章 会津大学元学長)

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