新天地・町田で最少失点を 激動の1年を経て谷晃生は完全復活を果たせるか

2024明治安田J1リーグの開幕がいよいよ23日に迫ってきた。連覇を目指すヴィッセル神戸、巻き返しを期す横浜F・マリノス、新監督を迎えた浦和レッズなどの動向も気になるが、J1初昇格のFC町田ゼルビアの戦いぶりも注目に値する。2022年まで青森山田高校を長年率いていた黒田剛監督が就任したばかりの昨季、いきなりJ2優勝を達成し、今季ついに最高峰リーグ参戦を果たすのだ。

ゴールマウスを守るのは、23歳の谷晃生。2021年夏の東京オリンピックでU-24日本代表の正守護神として全6試合に出場した男だ。

谷は、中村敬斗や菅原由勢ら日本代表メンバーたちと同じ2000年生まれで、U-15日本代表から順調にステップアップ。2017年のU-17ワールドカップを経験した頃から“将来の日本代表GK”として才能を高く評価されてきた。周囲の期待通り、東京五輪までは順調に来たが、FIFAワールドカップカタール2022出場は逃してしまった。直前のEAFF E-1選手権には参戦し、韓国戦に先発もしていただけに、本人も悔しさひとしおだったが、気持ちを切り替えて次なる大舞台を目指そうと再スタートを切ったという。

2023年はレンタル先の湘南ベルマーレから古巣のガンバ大阪へ復帰。大先輩である東口順昭との真っ向勝負に挑み、開幕からスタメンをつかんで試合に出ていた。だが、チームの低迷に伴って5月半ばから試合に出られなくなり、ベンチを温める時間を強いられた。

そこで本人は一念発起。8月にベルギー2部のFCVデンデルEHへのレンタル移籍を決断する。そこですぐに出番を得られればよかったが、細かい部分の意思疎通が求められるGKにとってはそう簡単に行くはずがない。初の海外挑戦で大きな壁にぶつかったのだ。

「周囲の選手たちは言葉はもちろん、表現の仕方やミスに対しての向き合い方が違ったし、日本人とは異なるメンタリティを持っていたので、どうフィットしていくのか、すごく苦労した部分がありました。守備に関しても、試合中に守りやすいやり方をいかにして作るか、自分がどう考えているか、ビルドアップ時にどういうパスを出してほしいか、ポジションを取ってほしいかといったディテールを伝える部分が本当に難しかった」と、わずか1試合の出場に終わった半年間の困難を改めて振り返った。

それでも下を向いてはいられない。挫折を糧に前進するのがサッカー選手という仕事。谷もそう割り切って帰国を選び、町田という新たなクラブで再挑戦に踏み切った。

「ベルギー行きは結果的に難しいチャレンジでしたけど、何事も経験だし、自分のプラスになっている。人としてもサッカー選手としても、新たな文化や価値観に触れて成長できていると思うんです。周りの方々が何を言おうと、最終的にはプレーや結果で示せれば、それが正解になるのがアスリートだし、プロの世界。どんな人も順調に生き続ける人生なんてないですし、僕は貴重な経験を新たなクラブでのプレーに還元したいと思っています」と力強くコメントした。

「2024年は失点を減らすこと。最少失点を目指してやっていきたい」と意気込むGKとって、最終ラインに百戦錬磨の昌子源、コソボ代表のイブラヒム・ドレシェヴィッチというCBの2人が自身とともに新戦力としてチームに加わったことは紛れもない追い風だ。特に日本という異国に赴いてきたドレシェヴィッチに関しては、少し前の自分自身に重ねる部分もあるという。

「言葉や孤独だったり、僕がベルギーに行って難しいと感じた分、彼には寄り添っていきたいし、コミュニケーションも積極的に取りたいと思って取り組んでいます」と本人も献身的にサポートしながら、良好な関係構築に努めている。

自分からアクションを起こしていくところは精神的成長の表れだ。最後尾からチーム全体を俯瞰する守護神というのは大きな器や統率力を備えていなければならない。怒涛の1年間を経て、谷はメンタル的にも一回り大きくなった状態で新シーズンを迎えられそうだ。

目覚ましい成長を24日の開幕戦であるG大阪戦で示せれば理想的。昨季はレンタルで3シーズン戦った湘南とのアウェー戦でまさかの4失点を喫し、心身ともにボロボロになる経験をしたが、同じ轍を踏むわけにはいかない。

「ガンバに戻ってすぐの湘南戦のミスはショックでしたし、自分でもかなり向き合いました。でも長いキャリアを歩んでいけば、ミスがないなんてことはない。あの試合はすごくいい経験になりましたし、いい教訓にしてしっかり責任を持ってやりたいです」と自戒を込めて言う。

古巣の先輩である宇佐美貴史も「谷はシュートを止め始めたら手が付けられない」と警戒心を露にしていたが、自身のストロングであるセービングと反応の鋭さを前面に押し出し、完全復活した姿を印象づけ、町田のJ1初勝利の原動力になることが最初のタスクだ。

本来の実力を見せ続けた先には日本代表復帰も見えてくるかもしれない。2つ年下の鈴木彩艶がピッチに立ったAFCアジアカップカタール2023を見て「思い切ってプレーできるような自信を日々、持ち続けることがいかに大事かを痛感しました」と谷はしみじみと言う。勇敢さと大胆さをピッチ上で表現し、チームの結果や順位にこだわっていくことしか、日の当たる舞台に立つ術はない。

少し大人になった谷晃生の存在感ある一挙手一投足を今から楽しみに待ちたい。

取材・文=元川悦子

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