バイデン大統領の記憶力はやはり貧弱

古森義久(ジャーナリスト/麗澤大学特別教授)

「古森義久の内外透視」

【まとめ】

・バイデン大統領にとって不利な情報を日本のメディアは伝えない。

・バイデン氏の機密書類違法持ち出し事件、不起訴の理由は「記憶力の衰え」。

・予備選の本番が展開するというこの時期にバイデン氏に痛烈な打撃。

アメリカの大統領選挙の予備選がいよいよ熱気を帯びてきた。その過程で目立つのが民主党現職のジョセフ・バイデン大統領の負の言動である。特にバイデン氏の発言での誤認や虚構が頻繁に指摘される。バイデン氏の政治指導者としての記憶力、さらには判断力への疑問が高まるのだ。

バイデン氏のその種の失言や放言は日本の主要メディアではあまり報道されない。その理由を簡単に言えば、日本の主要メディアが依存するアメリカ側の主要メディアが民主党支援に傾き、バイデン大統領にとって不利な情報をあまり伝えないからではないか。アメリカ側の偏向報道が日本での偏向報道を生むという悪習である。この悪習の悪影響は重大であり、日本にとって最重要な超大国アメリカの政治情勢を大きく見間違える危険を生むからだ。

2月中旬のワシントンD.C.での動きを簡単に追っただけでも、バイデン氏の発言や動作の欠陥を指摘する報道は多い。G7の近年の状況を語る際に、ドイツとフランスの国名を間違え、両国の首脳の名前をも間違える。中東情勢のイスラエルとハマスの関係を話しているうちに、突然、メキシコが主題となる。

ただしこうしたバイデン大統領のマイナスの言動を報じるのはアメリカの多様なメディアでも、ウォールストリート・ジャーナル、FOXテレビ、ニューヨーク・ポスト、ワシントン・タイムズなど中立、あるいは保守系の新聞やテレビである。日本でお馴染みのニューヨーク・タイムズ、ワシントン・ポスト、CNNテレビという民主党支持の大手メディアはバイデン大統領のミスはほとんど無視して、対抗馬の共和党ドナルド・トランプ前大統領の言動に徹底した批判や非難をぶつける。党派性があまりに露骨なのだ。

だがバイデン大統領の錯誤や錯乱はあまりに多い。欧州やオーストラリア、ニュージーランドで放映される国際テレビのスカイ・テレビジョンまでが最近、「バイデン大統領の失態」と題する特集番組を流した。同大統領の失言や虚言、さらに転倒や迷走の実例を集めた番組だった。同大統領の統治能力への疑念が国際的になったことの一例である。

しかしバイデン大統領にとって最近、もっとも痛烈な打撃となったのは、2月5日に公表されたロバート・ハー特別検察官によるバイデン氏の機密書類違法持ち出しに関する捜査報告書だった。この公式の報告書はバイデン氏には重大な記憶力の衰えがあると指摘したからだ。

歴代政権の司法省幹部やメリーランド州の司法長官を務めたベテラン検事のハー氏はバイデン政権のメリック・ガーランド司法長官に昨年1月にバイデン大統領の秘密書類違法持ち出しの疑惑を捜査するための特別検察官に任命された。バイデン氏に対してはオバマ政権の副大統領を辞任した2017年1月の時点でホワイトハウスの安全保障に関する秘密書類を勝手に持ち出し、自宅や民間のオフィスに違法に保管していた証拠が判明し、同司法長官はハー検察官による刑事事件の特別捜査を命じた。

バイデン氏の秘密書類持ち出し事件もトランプ前大統領が同種の疑惑でフロリダ州で起訴されたのに対して、日本の主要メディアなどでは詳しく報じられることはほとんどなかった。だがホワイトハウスや国家安全保障会議のアフガニスタン戦争や中東地域でのテロに関する秘密書類が民間人となったバイデン氏の自宅や事務所で発見されたことは事実だった。この事件の特別捜査をハー検察官をトップとする専門班が命じられたのだった。

この捜査はちょうど1年余りをかけて、この2月冒頭に終了した。その総括として合計300ページを越える報告書が発表された。その骨子は、バイデン氏には秘密書類を秘密と知り、その持ち出しは規則違反と知りながら、意図的に持ち出しを実行した事実があり、刑法に違反する行動があったと断定しながらも、バイデン氏を起訴はしない、という内容だった。だがバイデン氏側にもっとも痛烈な打撃となったのは、報告書が上げるその「起訴しない」という理由だった。

報告書はその理由として、「バイデン氏は同情すべき高齢の記憶力の衰えた人物」だという点を強調していたのだ。そうした記憶力の貧弱な人物がたとえ秘密書類の違法取得の罪で起訴されても、その起訴が有罪か否かを決める陪審員に有罪だと判断させることは難しい、とも報告書は明言していた。要するにバイデン氏は記憶力が貧弱で衰退しているから起訴しても有罪にはならないだろう、という判断なのだった。

報告書はハー検察官らがバイデン大統領を昨年10月、この事件の捜査の目的で5時間も尋問したことを明らかにしていた。その尋問でもバイデン氏の記憶力の衰退は明らかで、同氏の長男が脳腫瘍で2015年に病死した際の月日を尋ねても、バイデン氏は記憶していなかった、と指摘していた。

この報告の意味は重大だった。司法長官の任命した特別検察官が1年余りの捜査の結果としてバイデン大統領の記憶が衰えている、という判断を公式に打ち出したからである。だからこそ一般の記憶力を有する人物であれば当然、起訴という措置をとるところを記憶力衰退という理由で不起訴にした、というのだ。

この判断は当然、民主党支援の主要新聞や主要テレビをも含めてアメリカの全メディアが大々的に報道した。最も激しい反発を見せたのは、当然ながらバイデン大統領自身だった。早速に記者会見を開いて「私の記憶力は衰えていない」と強調した。大統領側近の法律家集団もハー検察官宛に抗議の声明を送った。だがそれでも「バイデン大統領の記憶力」という課題はもともと欠陥があったところに公式と呼べる断定が下されたしまった格好となった。大統領としての記憶力は当然、統治能力の重要部分である。

バイデン大統領にとっては共和党のトランプ前大統領を相手にこれからまさに予備選の本番が展開するというこの時期に大きな打撃を受けたことともなる。

*この記事は日本戦略研究フォーラムのサイトに掲載された古森義久氏の論文の転載です。

トップ写真:ホワイトハウス南庭に大統領用ヘリコプターマリーンワンから降りる際、足元を確認するようなしぐさを見せるジョー・バイデン米大統領(2024年2月19日 アメリカ・ワシントンD.C.)出典:Chip Somodevilla/Getty Images

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