辻堂ゆめ 連載小説『ふつうの家族』<第38話>

連載小説『ふつうの家族』

 きょうだいとは、いついかなるときも連帯すべきものだ。親という強大な存在を前に、子ども同士が敵対するメリットなど、考えうる限り一つもない。

「でもよぉ、『友達』ってのはちょいと不正確だよなぁ、舞花まいかさんよ」

 単なる独り言を口に出してから、海はボクサーパンツを頭上でぶん回しつつ、クローゼットのそばを離れた。

 在りし日に引っ搔かき傷をつけた壁紙は、何年も前に張り替えられている。だけど、少年漫画の登場人物に倣って刀を使いこなす技術を身につけようとした日々も、受験勉強を放り出して夜な夜な布団の中で携帯ゲーム機のボタンを叩たたいていた日々も、この部屋にいると、遠いようで、やっぱ り近い。

 

 

 雨が降り始めてから、もう何度目だろう。

 辺りの空気を震わせるようなけたたましいアラーム音が鳴り響き、舞花はスマートフォンを取り落としそうになった。

 また緊急速報メールだ。なんたら特別警報はすでに各種出そろっているというのに、これ以上何を緊急で速報するつもりなのだろうと思ったら、画面には『藤沢市』『避難指示』の文字があった。河川氾濫の恐れがあるという短い説明書きに続き、舞花の通った中学校の学区の一部など、馴染なじみのある町名が列挙されている。

「これって、ここに載ってるエリアは全員避難が必要ってこと?」

 母の案ずるような声が聞こえ、百八十度開脚した状態で床に両肘をついていた舞花はゆっくりと顔を上げた。キッチンで洗い物をしていた母も、食卓で晩酌を始めようとしていた父も、いつの間にか自身のスマートフォンを手にし、浮かない表情で緊急速報メールの内容を読んでいる。

「いや、だいぶ広範囲だから、さすがに全住民ってことは……仮にそうだとすると、避難所の小中学校がパンクするだろ」

「それはそうよねぇ」

「にしても、いよいよ迫ってきた感じだな」

連載小説『ふつうの家族』

挿画:伊藤健介

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