「高岡発ニッポン再興」その134 土光イズムで被災工場がスピード復旧

出町譲(高岡市議会議員・作家)

【まとめ】

・東日本大震災、米GE、エンジンの主要部品を作るIHI相馬工場の復旧に喜ぶ。

・相馬工場の世界トップには、女性の活躍が大きい。

・土光イズムは、被災した社員の暮らしを守った。

さて前回に引き続き、東日本大震災で被災したIHI(旧石川島播磨工場)の相馬工場が土光イズムで急速に復旧した話をお伝えします。13年前に取材した話ですが、今回の能登半島地震で、私は改めて土光イズムを現在に伝えるべきだと、思っています。高岡再興にも、大事なポイントです。

IHI相馬工場の復旧に大喜びしたのは、アメリカのゼネラル・エレクトロニック(GE)でした。私が視察した際、復旧を喜ぶGEからのメッセージが張り出されていました。

GEは、民間航空機エンジンで世界の50%のシェアを握っていますが、エンジンの主要部品であるタービンブレードなどを供給しているのは、IHIです。つまり、相馬工場の復旧が遅れれれば、GEがエンジンを作れなくなります。その結果、ボーイングやエアバスなどの航空機メーカーが生産できなくなります。世界の航空機の運行にも影響が出るのです。

相馬工場は世界で最も生産性の高いエンジン工場と言われています。1500人ほど働いていました。IHIの釜和彦社長(当時)は、「相馬工場が世界トップなのは、女性パートの活躍が大きいのです。彼女らの活躍はたまたま優秀な人が集まったからではありません。工場の幹部が、能力の高さを見抜き、任せる決断をしたからだ」と指摘しました。

私は女性たちにも話を聞きました。震災の瞬間、相馬工場に勤務していたAさんは、自宅が津波に流されて全壊しました。自宅にいた息子と母親は無事でしたが、こう語りました。「息子は津波で家が崩れるのを見ました。後ろから津波に追いかけられて逃げた」。震災後は、避難所や親類宅を転々としていましたが、会社がアパートを提供してくれると知りました。「会社はパートも社員も分け隔てなく、住居を提供してくれた」と感謝しています。

Bさんも震災が起きた際には、相馬工場にいました。「作業台に隠れたが、途中から揺れがさらに強くなりました。ものは落ちてくるし、天井が落ちるのではないかと怖かった」。自宅は津波にさらわれました。「自宅に義理のお父さんとお母さん、下の子どもはいたが、ぎりぎり濡れながら避難し、無事だった」。IHIが用意した住宅に暮らしていました。「働く場所があるということと、家族で住む場所があるのは、一番助かりました」。

土光イズムは、社員の暮らしを守ったのです。私は今回の地震で改めて思いました。政治家の仕事とは、命と暮らしを守ることなのです。「現場主義」「人間尊重」を貫き、政治活動に邁進します。

出町ゆずるホームページ

トップ写真)相馬市福島市の地震・津波から1年 (2012年)

出典)Nozomi Sato / Getty Images Plus

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