神奈川県横浜市で家庭料理教室「ハレとケ」を主宰する、五味幹子さん。一日のほとんどを過ごすというキッチンにはどんなこだわりが詰まっているのでしょうか。お気に入りの道具や、収納の工夫について伺いました。
お話を伺ったのは
料理家
五味幹子さん
ごみ・みきこ●ダイビングインストラクターの仕事に従事しながら、料理の勉強をスタート。飲食業、大手料理教室の講師などを経て、2014年より、料理教室「ハレとケ」を主宰。旬の素材を生かした、おいしくて体に優しい日常の料理を提案している。
食が体に与える影響を深く考え、教室では化学調味料に頼らず、塩こうじなど自家製の発酵調味料を取り入れている。
キッチンから見える愛犬の姿に幸せを感じて
キッチンカウンターで料理の下ごしらえや洗いものをするとき、五味幹子さんの視線の先には、いつも愛犬、エアーくんの姿がある。
「おじいちゃんになって寝ていることの増えたエアーが、気持ちよさそうにくつろいでいる姿を見ながら料理をする時間がいちばん好き。おだやかな幸せを感じます」
キッチンから見える愛犬の姿が癒やし
キッチンから五味さんの視線が届く位置にセットされたベッドがエアーくんの定位置。「人懐っこい性格で、教室の生徒さんたちにもかわいがってもらっています」
10年ほど前から自宅で料理教室を開いている五味さんがこの家に越してきたのは、今から4年前のこと。入居当時、このカウンターからの眺めは今とは全く違っていたという。
「建売住宅を購入したのですが、もともとカウンターの上には吊り戸棚が設置されていたんです。シンクの前に立ってみると、私がわりと背が高いのもあって、かがまないとリビングが見えない! 『これは何かと不便だな……』と思ったので、知り合いの大工さんに撤去してもらいました。おかげでキッチンからリビング・ダイニングが広く眺められるように。生徒さんたちとのコミュニケーションも取りやすいですし、エアーの姿も目に入る。撤去して本当によかったです」
五味さんが今の家で暮らし始めるときに、キッチンから取り外したものが、もう一つある。
「備えつけてあったガスコンロの五徳が華奢で、大きな鍋を置くには心もとなくて……。自分で選んだガスコンロとガスオーブンに入れ替えました」
しかし、ここで問題が。吊り戸棚を撤去したうえ、収納棚だった場所にガスオーブンを設置したため、収納スペースが大幅に減少してしまったのだ。そこで、アンティークの棚受け金具と板を購入し、DIYをすることに。夫と二人で、2カ所の壁面に棚を取りつけた。
「すべてオープン棚にしたのは、よく使う道具はワンアクションで取り出したかったから。鍋でもざるでも、さっと取り出せて、すぐに片づけられるのが私の理想です。それに、『空間にものをのせる』という感覚も、何だか好きで。前に住んでいた家のキッチンにも、DIYで作ったオープン棚があったんですよ」
冷蔵庫横の棚には料理教室で使う道具や家電、カウンター脇の棚にはボウル、調味料などがズラリと並ぶ。適所に使いやすく収まり、今か今かと出番を待っている。
DIYで作ったオープン棚
冷蔵庫横のオープン棚。ここに収めるものは、見た目も意識してチョイス。
ワンアクションで取り出せる吊り下げ収納
使用頻度の高いフライパンなどは、すぐ使えるよう吊り下げてある。ガスコンロは、料理家パトリス・ジュリアンがプロデュースした「+do」。
調理道具は、安心して使える素材のものを
料理教室を開いていることもあり、五味さんのキッチンにある食器や調理道具などは、一般的な家庭よりもかなり多い。それでも雑多な印象を受けないのはなぜだろうか。五味さんに尋ねてみると、「本当ですか? そう思ってもらえたらうれしいのだけど」と意外そうな表情が返ってきた。
「自分ではもっとスッキリさせたくて、ものを増やさないように心がけてはいるんですが……。料理教室に必要なものはどうしても人数分そろえる必要がありますが、食器や調理道具を買うときは、多少高価であっても長く使えるものを選ぶようにしています。できれば一生使い続けられるようなもの。調理道具は素材も重視していて、有害物質のとけ出す心配が少なく、安心して使えるガラスやホーロー、ステンレス製を選ぶことが多いですね」
吟味を重ねて迎えた、お気に入りのもの
食品の保存用にホーローの容器を愛用。「菌が繁殖しにくく、野菜も長もちするんですよ」
「食器は出合い。ピンときたら買うようにしています」
上左/使い勝手のいい、チーズグレーター(おろし器)とステンレス製の盆ざる。
上右/日本料理の大先輩が使っていた包丁を購入し、愛用している。
食器棚は「一生もの」をオーダー。何を入れても安心な丈夫さが心強い
「高価でも、できるだけ長く使えるものを」。その思いは、キッチンの収納にも反映されている。
「ずっと賃貸住宅に住んでいたので、『いつか引っ越すから』という思いがいつも頭の隅にあって。食器棚などの家具も、『とりあえず』という気持ちで買っていたんです。けれどこの家を買ったことで、意識がガラリと変化。それまで使っていた安価な家具は手放して、一生使える食器棚をオーダーしました。棚の中に収納するものを全部測って、細かい部分までお店の方と相談を重ねて発注したので、使い勝手は抜群です。とても頑丈な造りで、何を収納しても大丈夫という安心感もありますね」
取っ手の位置まで熟考した使いやすさ抜群の収納スペース
「葉山ガーデン」でオーダーした棚は、背の高いものと腰高のチェストの2種類。どちらも大満足の出来栄えだそう。
アンティークの棚も一生もの
イギリス製のアンティーク棚も、一生ものとして購入。中にはお気に入りのガラス食器や、和食器などが美しく並んでいる。
お気に入りに囲まれたキッチンで五味さんが開く料理教室の名前は、「ハレとケ」。日本では古くから、特別な日を「ハレ」、日常を「ケ」と呼んでいたが、五味さんは特に「ケ」を大事にしたいと言う。
「私が育った家はそれほど裕福ではなくて、ごちそうが食卓に並ぶことはほとんどありませんでした。だけど、母が毎日作ってくれるごくごく普通の家庭料理が本当においしくて、そのおかげで健康に育つことができたんだなと、大人になってからあらためて実感したんです。明日の自分を作るのは、『ケ』の食事。日本に古くから伝わる発酵食も取り入れながら、手早く作れて、おいしく、体に優しい料理をお伝えできたらいいなと思っています」
「ハレとケ」には、そんな五味さんの料理に惹かれた人たちが集っている。なかには10年前の開始当時から通い続けている生徒さんも。年齢層も幅広く、子育てが一段落した人もいれば、働きながら子育てをしている人もいて、手間なく作れておいしい五味さんの料理に助けられている人は多い。
「生徒さんに人気なのは手の込んだ料理よりも、『え⁉ これでいいの?』と思うような簡単な料理。でも、ハレの日の食事も大切にしてほしいので、季節に合わせてクリスマスのごちそうやお正月のおせち料理も教えています。なぜおせちを作るのか、そういったことも知ってもらえたらいいですね」
旬の野菜たっぷり。しみじみおいしい「ケ」のご飯
上/旬の食材のよさを生かすため、味つけはシンプルに。滋味深い五味さんの「ケ」の食卓。左/ご飯を炊く土鍋もお気に入り。「火加減を気にしなくても、ふっくらおいしく炊けるんです」
五味さんにとってキッチンは、仕事の場であると同時にプライベートの場でもある。とはいっても、料理の試作や企業から依頼されたレシピ制作などで忙しく、「ほぼ毎日、キッチンで仕事をしています」と笑う。
「最近は、今の時代に沿った正しい栄養についてお伝えできるよう、分子栄養学を学んでいます。そんなふうにいつも料理のことを考えているから、100%頭が休まる日はないのかもしれませんね。でも、全然苦じゃないんです。人に何かを伝えたり教えたりするのが好きだし、何より料理が好きだから。
試食係の夫は、レシピが完成するまで何度も同じものを食べさせられてかわいそうだけど(笑)、教室に通ってくださる方がいて、そして私の体が続く限り、このキッチンで料理教室をやっていきたいと思っています。おばあちゃんが教える料理教室も面白そうだと思いませんか? そのとき自分がどんな料理を作るのか、今から楽しみです」
※この記事は「ゆうゆう」2024年3月号(主婦の友社)の内容をWEB掲載のために再編集しています。
撮影/柴田和宣(主婦の友社) 取材・文/恩田貴子