フレディもしくは三教街

 「ヘイゼルウッド」のご主人は、とても深くて蒼(あお)い目をしていて、いつもパイプをくゆらせながら椅子で新聞を広げている。レンガ焼きのパン屋のおばあさんは、びっくりするほどお掃除好きで、枯れ葉に埋もれて夕暮れの鐘に感謝の祈りを捧げる姿はまるで絵画のようで▲〈あなたも年老いたらきっと、あんなすてきなおじいさんになると思ってたの/ほんとに思ってたの〉〈あなたと私のためにも教会の鐘の音は響くはずだった〉―ねえ、フレディ、覚えてる?▲3作目のアルバムのB面の最後の曲。グレープ時代のさだまさしさんが第2次世界大戦中の中国・漢口(ハンカオ)を舞台にかいた「フレディもしくは三教街」はとても静かで悲しい恋の歌だ▲初めてのレストラン、お気に入りのケーキ屋。ずっとそばで一緒に年齢を重ねていきたい…そんな彼女の思い出や夢がすべて過去形で語られるのは〈燃え上がる紅い炎の中を飛び交う戦闘機〉が彼を奪ってしまったから。フレディは、もういない▲1975年の発表から半世紀になろうとしている。戦火のやまない世界。若い恋人たちが理不尽に引き裂かれる“彼女とフレディの物語”は今この瞬間にも生み出され続けている▲終わりの見えない戦闘が続く。ロシアのウクライナ侵攻は3年目に入った。入ってしまった。(智)

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