『厨房のありす』“好き”を伝え合ったありすと倖生 永瀬廉の“真摯な想い”が涙腺を刺激する

心から好きな人に好きだと伝える時、なぜだか涙が溢れてしまった経験はないだろうか。それはきっと、「相手が自分のことを好きじゃなかったらどうしよう」「もし自分の気持ちが迷惑だったら?」という不安や恐怖が根っこにあるから。「それでもただ届けたい」と一歩を踏み出す勇気を与えてくれる人に出会えたことは、結果はどうであれ、幸せ以外の何物でもない。

毎回、miwaが手がけた主題歌「それでもただ」がベストタイミングで流れるドラマ『厨房のありす』(日本テレビ系)。だけど、第6話はいつも以上に〈それでもただ届けたくて〉から始まる歌い出しのフレーズが心に染み入る回となった。

常連客同士の恋をサポートしたことがきっかけで、倖生(永瀬廉)への恋心を自覚したありす(門脇麦)。倖生に好きになってもらうためアプローチをかけたいが、初めての経験ゆえに方法がわからない。そんなありすのために和紗(前田敦子)をはじめ、三ツ沢家のみんながアイデアを出してくれる。それを片っ端から実践に移すが、いつもと様子が違うありすに倖生は困惑しっぱなし。親密度アップが狙いの“ナノプシャン体操”に倖生がありすに付き合う姿は、そのぎこちなさも相まって思わず笑ってしまった。

ありすが倖生を好きなのは誰の目にも明らか。倖生もありすの思いには気づいていて、少なからず嬉しく思っていた。だけど、素直に受け止めきれないのは、ありすが心護(大森南朋)の娘だから。心護の元恋人・晃生(竹財輝之助)が倖生の父であると判明した前回。晃生のお墓で心護が倖生に告げた「お父さんを殺したのは、僕だ」という言葉の真意は測りかねるが、少なからず心護には倖生に復讐されても仕方ないと思えるくらいのことをしてしまったという罪悪感があるようだ。その上で、「ありすだけは巻き込まないでくれ」と心護に言われた倖生は自分の気持ちに蓋をしようとしていた。

そんな中、常連客の明里(金澤美穂)がSNSで“恋が実るごはん屋さん”と紹介したことがきっかけで「ありすのお勝手」は客で溢れかえる。人手が回らず、定一郎(皆川猿時)や心護の研究室に所属する栄太(堀野内智)と礼央(橘優輝)の手も流れで借りる騒ぎに。そこに、ありすがどんな人間かを確かめるために、倖生に思いを寄せる百花(大友花恋)も偵察でやってくる。

ありすの様子を見るや否や、倖生が好きになることはないと判断したのか、ホッとした様子で「すごいよね、こんな立派なお店やってて」と褒める百花。口には出さずとも、その言葉の後ろには「障害があるのに」という一言が続くであろうことはおおよそ予想がつく。こうした無自覚な差別は指摘しづらいが、栄太と礼央は臆せず、「それってどういう意味ですか?」「住む世界が自分たちとは違うって言っているように聞こえました」と百花に違和感をぶつける。彼らもゲイであるという理由だけで無自覚な偏見や差別に晒されてきた経験があるから、百花の言葉を聞き流すことなどできなかったのだ。ただ、百花の場合はそこに嫉妬も混じっていることを栄太と礼央は気づいている。「いつもは僕たちに対しても全然フラットなんですけど」とフォローを入れるところに彼らの人の良さが溢れていた。

でもだからといって、人を傷つけていいことにはならない。後日、栄太と礼央へのお礼のついでにお弁当を作って届けてくれたありすに、百花は「みんな、あなたが可哀想だから優しくしてくれるだけ」と酷い言葉をぶつける。嫉妬のあまり言わなくてもいいことまで言ってしまったことに百花本人も後悔しているだろうが、一度口に出した言葉は決して元には戻せない。トボトボと帰っていくありすの背中に心まで胸が痛くなる。

だけど、心護や和紗、三ツ沢家のみんながいつも助けになってくれているのは、本当にありすが”可哀想だから”だろうか。そんなことはない。心護が言うように、みんなありすのことが大事だから。人と繋がるために始めた料理で、いつもお客さんを元気にしているありす。助けてもらっているだけじゃなく、ありすもまたみんなの力になっているのだ。そんなありすだから、大切にし、守りたい、助けたいと願う人たちがたくさんいる。倖生もその一人だ。

お店が話題になったことでウェブ雑誌のインタビューを受けることになったありす。しかし、雑誌の記者・小林(村岡希美)はありすが作った料理の話ではなく、ASDのことばかり聞いてくる。「逆境に負けないASDの料理人としてありすにフォーカスしたい」と小林。そこにも百花と同じく、「“ASDなのに”すごい」という無自覚な差別がある。「ありすのお勝手」に集まった客はASDの料理人がもの珍しいからではなく、ありすが作った料理が美味しいからであるにもかかわらず、だ。飲食店の取材なのに、一口も料理を食べないなんて失礼にもほどがある。

その夜、放置された料理の前で落ち込むありすを見た倖生は自分ごとのように怒ってくれた。さらには冷めきった料理を「うまい」と言いながら、ありすの目の前で食べる倖生。いつもそうだが、倖生の不器用でまっすぐな優しさは、永瀬廉の演技からその真摯な想いが伝わってきて私たちの涙腺を刺激する。ありすも気づいたら目から涙が溢れ、「ごめんなさい……私は倖生さんが好きです」と口にしていた。

迷惑をかけてしまうかもしれない。それでも、いつも自分を理解し、そばで励ましてくれる倖生が好きで仕方ない気持ちを何度も伝えるありす。そんな彼女の前で嘘はつけない。倖生はありすを抱きしめ、「俺も、ありすのことが好きだ」と伝える。もしかしたら、この家に来た最初の目的は心護に対する復讐だったのかもしれない。けれど、ありすを思う気持ちに嘘偽りはないはずだ。だって、その表情には、何もかもほっぽり出して好きという気持ちを届けたい相手に出会えた歓びに溢れていたから。

(文=苫とり子)

© 株式会社blueprint