名無し之太郎、新星ギターレスバンドが拓く新たな音楽 メジャーデビュー前夜『0th』ワンマン

「とても楽しかったです! 残り最後の一曲となりました。この曲は自分たちがライブの最後に必ず演奏する思い入れのある曲です。とてもノリがよくて楽しい曲です。ぜひ体を揺らしてください!」――。ボーカルの林(Vo)が観客に語りかけ、ステージの4人がこの日最後に演奏したのは「我儘」だった。そして、ライブの締め括りにふさわしい熱演を披露した4人はステージを去る前に、その「我儘」を日付が変わるタイミングで――つまり2月21日午前0時に――配信リリースしてメジャーデビューすることを発表すると、フロアを大いに沸かせたのだった。

ネットとライブシーンで耳目を集め始めている函館出身の現役大学生たちからなるギターレス4ピースバンド、名無し之太郎が2月20日に東京・新宿 SAMURAIで開催した『名無し之太郎 0th ONE-MAN LVE 2024』は、前述した通りバンドが新たな一歩を踏み出す記念すべき夜となったわけだが、バンドは約1時間のセットリストに彼らが持つ可能性をぎゅっと凝縮――。

「本日は名無し之太郎初ワンマンライブにお越しくださり、ありがとうございます。それではお楽しみください!」。昔々、昭和の中頃まで映画館で使われていた上映開始を知らせるブザーを鳴らして、芝居をも思わせる林の口上からライブを始めるというノスタルジックかつシアトリカルな演出にオーディエンスが興味津々だ。それは、この浮世を一時離れ、名無し之太郎の世界に観客を誘おうという試みなのだろう。

「いよいよ始まりました! 本日はみなさん、お越しいただき本当にありがとうございます。私達は北海道函館出身のギターレス4人組バンド、名無し之太郎と言います。改めまして、本日はよろしくお願いいたします。それではこれから一緒に楽しんでいきましょう!」(林)

昨年10月に配信リリースしたダンサブルな「融界」の奔放な演奏で流れに弾みをつけた4人は、そこからさらに一転、オルゴールのようにも聴こえる高橋(Pf)のピアノの音色と林の歌だけで始まる「嘘つき」を繋げていく。バラードと言えそうな楽曲ではあるが、リズム隊が演奏に加わると、曲調が変化し始め、「おや、バラードとも言いきれないぞ」と思っているうちに、サビで感情を迸らせた林の歌がリズミカルになり、中野(Ba)が演奏にベースのスラップを差し込む――というドラマチックな展開がフロアを釘づけにする。

バンドのなかに雨女と雨男がいるという話を、飾らないトークで披露しつつ、メンバー全員で出演しているFMノースウェーブの番組『名無し之太郎のレギュラー番組「 」』が全国どこでもアプリ、radiko(ラジコ)で聴けることをちゃっかり――いや、しっかりとアピールしたMCコーナーを挟み、そして披露した「向日葵」「カラヤブリ」「かわたれ」の3曲もまたバラードと思わせ、それぞれにその一言にとどまらない魅力を楽しませていった。

ひと夏の情景を描いたという「向日葵」は、その紹介通り曲調は叙情という言葉を連想させるものながら、それまで抑えていた感情を解き放つように歌い上げる林の振り幅の大きい歌に圧倒された。R&Bの要素もある「カラヤブリ」はピアノバラード風と思わせ、情感溢れる林の歌を支えるバンドサウンドが思いの外、ゴリッとしているところが面白い。たぶん、ベースの音作りによるところが大きいと思うのだが、間奏でピアノのリフを縫うように中野が奏でたベースソロは「カラヤブリ」の聴きどころのひとつだったと思う。

そして、どこかトラッドフォーキーな「かわたれ」もメランコリックな歌で観客を魅了する一方で、曲が進むにつれ、ベース、ドラム、ピアノそれぞれに手数を増やしていきながら、転調も効果的に使って、演奏をぐっと盛り上げる。

そこから「みなさん、ぜひ体を動かして楽しんでもらえると嬉しいです!」(林)となだれこんだ「ドライブ」のポップな曲調に観客が手拍子を始める。跳ねるピアノ、歌の裏でカウンターメロディを閃かせるベース、軽快なドラム――バンドの演奏も実にグルーヴィーだ。

ワイプを求めた林に応え、観客が一斉に手を横に振り始めると、スタンディングのフロアに一体感が生まれる。その勢いと熱気のまま、演奏を止めずに繋げたのが「我儘」だ。高橋が奏でるエレピのループと中野のベースリフが交じり合いながらグルーヴを作る歌謡ジャズナンバー。エレピソロを含む間奏から演奏はファンキーにもなる。辛辣さとともに歌声に凄みも滲ませる林とウォーキングベースでジャジーなグルーヴを奏でる中野が巧みに立ち位置を入れ替え、ステージに動きを生み出していく。

メジャーデビューシングルにこの曲を選んだのも大いに頷ける。なぜなら、この曲に対するメンバーたちの思い入れは一旦さておきながら、そのバンドアンサンブルは“名無し之太郎”がどういうバンドなのか象徴するものに思えるからだ。

手数で魅せる軽快かつジャジーな二瓶(Dr)のドラムプレイとリズムを刻むだけではなく、ギターの代わりにメロディも奏でつつ、ラウドロックばりの重低音で下を支える中野のベースプレイという名無し之太郎ならではのアンサブルの妙も、この「我儘」ではより一層際立っていたように思う。

そして、この日、バンドはその「我儘」を第1弾として3カ月連続でシングルを配信リリースすることも発表した。「全力で頑張っていきます! 応援よろしくお願いいたします!」(林)――メジャーデビューから一気に活動を加速させようと考えているバンドに、この日誰もが惜しみない拍手を送ったのだった。

(文=山口智男)

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