『ストリートダンサー』はインド映画の魅力たっぷり! 日本人ボリウッドダンサーが語る

「インド映画」といえば、作中で何度も登場するダンスシーンが魅力のひとつだ。情熱的な歌、表情や動き、カメラワーク、全てが上手くマッチすることで言語の壁を越え、世界の観客の脳裏に焼き付くのかもしれない。

3月1日に公開されるインド映画『ストリートダンサー』も、ダンスシーンが盛りだくさん。ロンドンを舞台にダンスバトルが展開され、いわゆる“インドらしい”ダンスだけでなく、ストリートダンスやロボットダンスなど多種多様なダンスが次々と披露されていく。メインキャストはもちろんのこと、キャストの後ろで踊るバックダンサーたち一人ひとりのパフォーマンスも輝いているのが印象的だ。

そもそも、なぜインド映画には必ずダンスシーンが登場するのだろうか。そこで、日本人でありながらボリウッドダンサーとして数々のインド映画に出演してきた関本恵子に話を聞いた。インドの文化に触れ、インド人と踊ってきたからこそ感じた「インド人にとってのダンスの大切さ」や、ダンサー視点で見た『ストリートダンサー』の魅力について語ってもらった。

■“インドらしい”と感じる踊りとは?

ーーインド映画は、歌やダンスシーンの見応えがたっぷりですよね。そもそもなぜインド映画にはダンスシーンが多いのでしょうか?

関本恵子(以下、関本):インド人にとって、ダンスは「日常」だからだと思います。結婚式やインドの3大祭り(ホーリー、ディワーリー、ダシェラー)はもちろん、こどもが1歳になると親戚中が踊ってお祝いをします。文化として人々の中にダンスが根付いているから、映画の中でも自然に踊るのだと思います。元を辿れば、サイレント映画の時代から映画の中で人々は踊っているんです。

ーー日常であるからこそ大事なパートなのですね。作中のどのような場面でダンスシーンが登場すると言えるのでしょうか?

関本:気持ちが高まっている時、怒っている時、沈んでいる時……といった、登場人物たちの喜怒哀楽の頂点で登場することが多いです。ラストシーンで、ハッピーエンドで喜びを表現しながら踊ることもよくありますね。求愛のシーンでも観られます。現代では恋愛結婚が多くなってきていると思いますが、一昔前は好きな人と自由に結婚することができなかったという時代背景もあり、映画の中で、豪邸で踊ったり恋愛結婚をしたりする描写は人々の「憧れ」として映ったのではないかと思います。

ーー関本さんはボリウッドダンサーとして、日本人でありながらも多くのインド映画に出演してきました。そもそも、「ボリウッドダンス」とは何でしょうか?

関本:「ボリウッド」の語源は、「Bombay(ボンベイ/インド最大の都市であるムンバイの昔の地名)」からきています。主にムンバイで作られているインド映画を、ボリウッド映画と呼びます。ボリウッド映画で登場するダンスが、「ボリウッドダンス」です。

ーーボリウッドダンスには、どのような特徴があるかを教えてください。

関本:正直、「これがボリウッドダンス」と定義付けるのは難しいと思います。ボリウッド映画自体の幅が広く、いろいろなものを取り入れているからです。例えば、ダンスにフラメンコやヒップホップなどの要素を取り入れていたり、インド以外で撮影された場合は、その国オリジナルの文化を取り入れたりしています。様々な文化を上手く融合し、ストーリーの中でフラッシュモブの如く踊り出す。こうした「何でもあり」な様子が“インドらしい”と感じますね。

ーー実際にボリウッドダンスを踊っていて、インドならではの文化を感じたことはありましたか?

関本:ダンス中に曲の歌詞に合わせた仕草をすることがあり、そこでインドの文化を感じました。例えば結婚式の曲だと、花嫁は「カージャル」と呼ばれるアイライナーを引く仕草をしたり、結婚した女性のサインとして「スィンドゥール」を額の上に塗る仕草をしたりします。「ホーリー祭」を描いた場面では、粉をかけあう動作などがありました。そういったところからインド人に根付いている文化を感じましたね。

ーー文化や言語が異なる中で、日本人がボリウッドダンサーになるのは相当大変だったのではないかと思います。関本さんは何がきっかけでボリウッドダンサーを目指したのですか?

関本:映画できらびやかなお城を舞台に、多くのダンサーが踊っている非日常な様子を見て、「なんだこれは!」と衝撃を受けたのがきっかけです。その時点でダンスの経験はゼロでしたが、絶対にここに出たいと思いました。また、ダンサーの中に日本人と顔立ちが似ている北東インドの方を見つけたのも、ボリウッドダンサーを目指したきっかけのひとつです。それから数年経って自分がダンサーとしてその方に会えた時、直接感謝を伝えたらとても感動していました。

ーー実際にボリウッドダンサーになるのは、相当難しかったのではないかと思います。

関本:自分は、超ラッキーだったと思います(笑)。ムンバイにある俳優養成スクールで演技を学んだ後、振付師であるサロージ・カーンが代表を務める「Saroj Khan Dance Academy」でボリウッドダンスを習いました。レッスン中に運よくサロージの目に留まり、『火の道(原題:Agneepath)』(2012年)に出演させていただき、バックダンサーとしてのキャリアが始まったんです。

ーー実際の撮影の様子はどうでしたか?

関本:大作は2、3日ほどリハーサル期間がありますが、作品によっては撮影当日に現地で振り付けをしてすぐに撮影に入ることがあります。リハーサルがなかったり、スケジュールやダンサーが急に変わったり、直前まで何が起こるかわからない状況の中で撮影をしたこともありました。ありがたいことに、自分が日本人だったからか周りのシニア(年上)ダンサーから振り付け中に覚えられなかった動きを教えてもらったことがあります。ただ、基本的にバックダンサーたちは振付師にアピール合戦をしていました(笑)。

ーーアピール合戦?

関本:たいていは振付師がダンサーの立ち位置を決めるのですが、みんなメインの俳優さんの周りで踊りたいので、踊りを磨くのはもちろん、カメラ写りもよく見えるよう見た目にも気を配っていました。私が運よく俳優さんの近くで踊ることになった時、ちょっとした嫌がらせを受けたこともあります(笑)。もちろんいい人もいましたが、そういったバチバチな空気がバックダンサーの間に流れていました。

ーーダンサーとして活躍されている関本さんは、インド映画のダンスシーンを観る時、どこに注目していますか?

関本:やっぱりバックダンサーに注目しちゃいますね。自分の場合は知り合いが踊っている場合もあるので(笑)。それと、1回のテイクでどれくらい長く撮っているかも見ています。カットを繋いで編集した映像より、ワンテイクで長く撮った映像の方が面白いと感じます。ダンサーが振りをミスしないことが大前提で、カメラワークなどが計算され尽くした画になっているので。古い作品でも新しい作品でも、ワンテイクのダンスシーンを観ると凄いなと感じます。インド映画を観る際は、ぜひバックダンサーにも注目してほしいですね。何度観ても新たな発見があって面白いと思いますよ!

ーーコリオグラファーであり、ダンサーでもあるレモ・デソウザ監督の新作『ストリートダンサー』でも、ダンスシーンがたくさん登場しますね。

関本:海外で流行っているダンスバトルを積極的に取り入れたのが、本作のシリーズ第1作『ABCD:Any Body Can Dance』(2013年)、第2作『ABCD 2』(2015年)でした。『ストリートダンサー』も、どのダンサーも動きがキレッキレで揃っていて、さすがレモ・ドウザ監督の作品だと感じましたね。ヒップホップやロボットダンスなど、多様なダンスの描写があったのも面白かったです。インドの方にとっても、昔ながらのトラディショナルなダンスだけでなく、作品を通して新しいスタイルのダンスに出会えるので楽しいかもしれません。

ーー“インドらしい”ダンスといえば、パンジャーブ地方の収穫を祝う民族舞踊「バングラー(Bhangra)」が作中で登場していたのが印象的です。

関本:ダンスシーンは全て凄いと感じたけれど、中でも「バングラー」の持つ弾けるような魅力がとてもカッコよかったです。とても良いシーンだったのではないかと思います。

ーーバックダンサー含めて、すべてのダンサーが輝いていました。

関本:主演を務めたヴァルン・ダワン(サヘージ役)とは共演したこともあるのですが、彼もシュラッダー・カプール(イナーヤト役)もやっぱりダンスが上手ですね。プラブデーヴァー(ラーム・プラサード役)やノーラー・ファテーヒー(ミア役)など、周りのキャストのレベルがかなり高いので大変だったと思います。自分も何度かレモ監督の撮影に参加したことがあり、当時のアシスタントをよく知っているのですが、その中の1人が本作で役者として出演していたので、懐かしく感じましたね。レモ監督はとても優しくて、スタッフにも出演者にも愛される方でしたよ。

ーー改めて、関本さんが感じた『ストリートダンサー』の魅力を教えてください。

関本:自分にとってインド映画の魅力は、ダンスがあり、喜怒哀楽が激しいところ。そしてインドの神様や文化、社会問題を題材にしている作品が多く、知らない世界を知ることができるところです。上映時間は長い作品が多いですが、長いからこそいろいろな感情やシチュエーションがたっぷりと描かれており、「次はこれが来るのか!」と、観客を飽きさせません。『ストリートダンサー』も、まさに自分が好きなインド映画の要素がたくさん詰まっていました。ダンスを切り口にしていますが、作中では取り扱うのが難しいインドとパキスタンのセンシティブな関係やイギリスの移民の現状など、社会的な問題にも触れています。解決するのがなかなか難しいネガティブな問題を提起しつつ、解決するために動いている人もいるといったポジティブな面も紹介しています。ダンスバトルという入りやすいエンターテインメントをフックに、インドが抱えている問題についても訴えており、「毎日ダンスを踊って楽しく過ごしている」だけではないインド人の姿を観ることができるので、とても良い作品だと思います。
(文=きどみ)

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