岡崎慎司が日本サッカーにもたらしたモノは? その足跡には育成の重要なヒントがちりばめられているはずだ

岡崎慎司が今季限りでの現役引退を発表した。

37歳の岡崎は、2005年に清水エスパルスでプロキャリアをスタートすると、2011年以降はヨーロッパを渡り歩く。ドイツのシュツットガルトとマインツ、イングランドのレスター、スペインのウエスカとカルタヘナでプレー。現在はベルギーのシント=トロイデンに所属する。

日本代表としても長年、チームを牽引し、国際Aマッチには通算119試合に出場、歴代3位の50得点をマーク。ワールドカップにも3大会連続で出場した偉大なストライカーが、日本サッカーにもたらしたモノとは――。

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岡崎の最大の武器は、破格の「やる気スイッチ」だったようだ。

兵庫県立滝川二高を卒業し、プロ入りをした時、清水エスパルスでコーチを務めていた吉永一明(現・アルビレックス新潟シンガポール監督)氏は当時のことを鮮明に覚えている。

入団会見では得意技を「ダイビングヘッド」と答えて掴みを取るが、故障をしているうえに足も遅くて「大丈夫か?」と、しばらくは出来の悪い子を気にかける親のような目線が続いた。

ところが連日、自主トレの時間を確保し、実際の試合に即した様々なリアリティのあるシュート練習を根気良く続けていくと、少ない出場時間でも必ずゴールという成果を挙げるようになる。気がつけば1年後には、天皇杯決勝で公式戦初スタメンの座を獲得。やがて北京五輪の代表に食い込むと、フル代表にも引き上げられ、23歳で欧州進出(シュツットガルト)を果たしていた。

フィジカルもテクニックも平凡だった岡崎は、だからこそ斯界で生き抜く術を必死に模索した。

すでに1年目のオフには、自腹を切ってスプリント指導を受け、動き出しの速さが格段に増し、「肉体も驚くほど変わった」(吉永氏)というから、課題抽出能力、危機感、それに行動力は群を抜いていた。

運動能力ではプロの基準を満たしていなかったかもしれないが、少なくとも十代でプロが何を成すべきかを思考する力と、それを全力で実践し続ける強烈な意思の力が備わっていた。そして、こうした基盤があるから、どんなレベルでも自分がチームに最も貢献できる方法を見つけ出し、体現することが出来たに違いない。

2シーズン連続して2桁得点を記録したマインツでは、日本人には珍しく真ん中のストライカーとしての評価を確立した。

しかし、ブンデスリーガではチーム最大の得点源だった選手が、レスターでは最前線で守備のスイッチを入れ、空走りを繰り返すことでジェイミー・ヴァーディーやリヤド・マフレズを輝かせて、奇跡のプレミア制覇に繋げている。

【PHOTO】“ミラクル・レスター”影のヒーロー!現役引退を発表した岡崎慎司の高校時代から現在を厳選ショットで振り返る!2004-2024

日本にもプロの時代が到来すると、Jリーグは全てのクラブに、アカデミーの創設を義務づけた。だが過去30年間の歴史を振り返っても、エリート教育の成果は芳しいとは言い切れない。逆に大成しているのは、ユース昇格を逃したり、大学を経由したり、プロまでの道のりを迂回した選手が多く、「リバウンド・メンタリティ」に注目が集まりようになった。

ただし一方で岡崎からは、屈辱をバネにしたような悲壮感は漂ってこない。むしろ不相応な大望を抱いた少年が、それでも自分を信じてぶれずに走り続けた結果、そこに到達してしまった印象だ。明るく前向きに励む姿は多くの共感を集め、次々に幸運を呼び込むことになったのかもしれない。

また岡崎の足跡には、先人が成功を掴んだエキスが適度に配分されている。例えば中田英をトップレベルに押し上げたのは、早くから未来図を描き、それを迷うことなく実現しようとする早熟の賢さだった。あるいは、中山雅史はペナルティエリア内の動きに焦点を絞り、ワンタッチで決め切ることを徹底追及し、記録破りのゴールを積み重ねた。

夢を描いたら、武器を見つけて、ただひたすらに磨き続ける。その結果、醜いアヒルの子は本当に白鳥に化ける。岡崎はそんな奇跡を見せてくれた。

今では大半の子供たちが園児の頃からボールに触れている。その中から無数の少年たちが「天才」と騒がれエリートコースを邁進するのだが、そのまま別格で居続けられる存在は少ない。

滝川二高で23年間サッカー部の監督を務めた黒田和生氏にとっても、岡崎は「卒業してから最も伸びた」選手だったという。天才の再生は難しい。しかし、岡崎が示した足跡には、育成の重要なヒントがちりばめられているはずだ。

かつて東京ヴェルディで、ユースやトップチームを指揮していた小見幸隆氏が、こんなことを話していた。

「まだボールを蹴り始めて間もない小さな子供のどこを見るか。それは『やりたがり屋』かどうか。そこだけです」

ボールがあれば、がむしゃらに持ちたがったり蹴りたがる。あるいはプールに入れば唇が紫色になっても出てこないし、暗くなっても砂遊びをやめない。

親が心配するようなそういう子どものほうが、将来の伸び率が高いそうである。

取材・文●加部究(スポーツライター)

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