<レスリング>【特集】オリンピック代表内定選手との貴重な“練習”を経て、パリ・オリンピックを目指す増田奈千(オーストラリア=環太平洋大OG)

国籍変更後の国際大会第1戦(2024年オセアニア選手権=2月6日、グアム)は、圧勝での優勝だった。だが、そのままオリンピック予選で通じるものでないことは、本人がよく知っている。日本からオーストラリアへ国籍を変え、パリ・オリンピック出場を目指す女子62kg級の増田奈千(環太平洋大OG=関連記事は「(同選手権は)選手数も少なかったですし…」と話し、気をゆるめることなく最大の目標を見据えている。

▲アフリカ&オセアニア予選へ向けて至学館大で練習する増田奈千

勝負の舞台は、3月22~24日にエジプト・アレクサンドリアで予定されているアフリカ&オセアニア予選(女子は23日)。オセアニア選手権のあとグアムから日本へ移動し、実家(大阪)でつかの間の休息をとったあと、至学館大の練習に加わって最後の調整を続けている。

2月14日からは藤波朱理(日体大)が練習に参加。23日からはオリンピック代表内定2選手(櫻井つぐみ、元木咲良)を含む育英大との合同合宿が行われ、鏡優翔(東洋大)も参加した。至学館大だけでも全日本や学生のトップ選手がいて、オーストラリアでは味わったことのない厳しい練習の渦中に飛び込んだのに、さらに高いレベルでの練習。「筋肉痛がとれない日が続きます」と笑う。

オリンピック代表内定選手との貴重な“練習”

それでも、「一人での練習だったら、絶対にここまで追い込むことはできません。オーストラリアでは経験できないです。年齢は違いますが、これだけ大勢の女子選手の中で練習し、生活をともにするのは楽しいです」と、強弱をつけながらの毎日は充実している。

藤波らオリンピック代表内定選手とのスパーリングは? 「やらないです。練習の邪魔をするわけにはいきません」と笑い、“背伸び”の練習はしない。学生選手を相手にこれまで培ってきた技術を復習し、体力を維持してコンディションを整えるのが、日本滞在の大きな目標。「今から新しい技が身につくものではないので、いかに体調を整えるかですね」と言う。

▲2月27日には増田をレスリングの道に導いたジェシカ・ラバーズ・マクベイン選手(右)も、コナー・エバンズ・コーチとともに来日。予選へ向けて最後の調整練習に挑む

至学館大の栄和人監督も「すべての練習をこなす必要はないよ」とアドバイスしてくれ、若い選手と同じような負荷は求めてはいない。至学館大では、オリンピック代表や全日本トップ選手の練習を見ることで、イメージ・トレーニングができる大きなメリットがある。

サッカーが苦手だった人が、親になって子供がサッカーを始め、付き添いで練習を何度も見ているうちに自分でもやりたくなり、フットサルのチームに加わったところ、若い頃にできなかったことができるようになった、というケースがある。視覚によって知らないうちに“練習”していたのだろう。

その理論がオリンピックを目指すレベルにも通用するものかどうか分からないが、熱心にビデオ研究する選手は、相手の動きを研究するとともに自分のアクションに生かすことも学んでいるはず。オリンピック代表と同じ場所で練習できるメリットがある至学館大での練習だ。

▲学生選手を相手に技術をチェックする増田

ナイジェリア、チュニジア以外の未知の強豪が出てくるか?

「アフリカ&オセアニア予選」となっているが、オセアニアにはオリンピックを目指すレベルの選手はいないので、標的はもっぱらアフリカ選手。同地域からは、2021年東京オリンピックで68kg級のブレッシング・オボルデュデュ(ナイジェリア)が2位に入るなど、発展はめざましいものがある。

予選へ向けて、アフリカ選手権のビデオなどを見て出場が見込まれる選手の研究も怠りないが、最大の敵と見ていたオリンピック4度出場のマルワ・アムリ(チュニジア)が引退し、出場しないという情報が入ってきた。昨年12月にパリで行われた世界レスリング連盟(UWW)「女子レスリング・グローバル・フォーラム2023」に出席したオーストラリア代表が得た情報なので、信ぴょう性はかなり高そう。

今年1月に35歳になったが、昨年のアフリカ選手権で13度目の優勝を遂げ、5度目のオリンピック出場の偉業を目指すものと思われていただけに、引退のニュースは追い風だ。同選手権2位のエスター・コラウォール(ナイジェリア)、東京オリンピック57kg級代表のシワー・ボウセッタ(チュニジア)らが敵となるか。

▲最大の敵となりそうなエスター・コラウォール(ナイジェリア)=UWWサイトより

オリンピック挑戦は大陸予選の一回限り!

だが、未知の選手がぽっと出てくるのがアフリカの特徴。増田は「予想していない選手が出てくる可能性もあるので、研究し切れない」と話し、気が抜けない状況を覚悟している。そんな中でも、心理的な追い風となりそうなのが、リーグ戦かノルディック方式で争うことになる可能性が高いこと。

前回の東京大会へ向けての予選の同級の出場選手数は5人で、総当たりリーグ戦だった。選手が6人か7人の場合はノルディック方式。いずれも、1敗しても決勝進出の可能性が残る。「どの選手も同じ条件。他選手も同じ気持ちなのでは?」ということを否定しなかったが、負けたら終わり、というトーナメントより緊張感は和らぐという。

挑戦は大陸予選の一回限り。失敗した場合、5月に予定されている世界最終予選(トルコ)への出場は考えていない。強い選手は昨年の世界選手権や大陸予選で出場枠を取るだろうが、それでも、選手活動のブランクがあって今の練習環境を考えた場合、勝ち抜くことは厳しいと感じるからだ。

3月末の予選に全神経を集中する。日本から国籍変更を経てのオリンピック挑戦は初のケース。母国からも熱き応援が望まれる。

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