一刻一秒を争う

 地球は太陽の周りを秒速29.8キロで公転している。草原のチーターが28メートルを走り、ミツバチは200回羽ばたき、79個の星がその生涯を終える…。どれも1秒間の出来事という▲世界で、宇宙で、1秒のうちに何が起きているか。「1秒の世界」(ダイヤモンド社)という本は、秒単位で切り取った時の重さを問いかける▲逆に、1秒をいくら重ねても何ら変化がないこともある。1秒たりとも忘れられない誰かを何十年と待つしかない人に、時はずしりとのしかかる▲北朝鮮による拉致被害者家族会が先月、「即時の一括帰国が実現するなら、制裁解除に反対しない」という新方針を打ち出した。もう時間がない。船舶の入港禁止といった制裁にこだわってはいられない…。高齢化という待ったなしの現実を見定めた転換に違いない▲岸田文雄首相は先日、方針を受け止める決意を示したが、次の一手は極めて難しい。日朝首脳会談を求める首相に、「北」は拉致問題を「両国の障害」にしなければそれもあり得る、と条件を付けた。会談したければ拉致の件はもう持ち出すな、と口をふさぎたいらしい▲「北」という字は2人が背を向け合って立つ姿を表す。切望されるのはその逆で、再会に涙して抱き合う姿にほかならない。次の一手は困難でも、一刻一秒を争う。(徹)

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