鳥山明さんの突然の訃報に驚きと悲しみ 「数々の傑作をありがとう」 栃木県関係者ら追悼

「ドラゴンボール」の単行本が並ぶ書棚に掲示された鳥山さんを追悼するポップ=8日午後、宇都宮市川向町

 世代を超え超人気作品を生み出した鳥山明(とりやまあきら)さんの訃報が発表された8日、本県の漫画家やファンからは突然の死に驚き、悲しむ声が聞かれた。「数々の傑作をありがとうございました」。宇都宮市の書店は鳥山さんを追悼するポップを書棚に掲示し、夢や感動を与えてくれた感謝を伝えた。

 「信じられない。もう新しい鳥山さんの作品を見られないのか…」。文星芸術大美術学科マンガ専攻の田中誠一(たなかせいいち)特任教授(67)は声を落とした。

 田中さんは1988年、週刊少年ジャンプで連載されたサッカー漫画「コスモスストライカー」の原作を担当。鳥山さんの「ドラゴンボール」も同誌で連載中だった。パーティーなどで鳥山さんと会い、サインをもらったこともある。「本当に気さくで、絵が好きな人だった」と思い出す。

 人気は海を越え、同大には鳥山作品ファンの留学生も多く在籍するという。「キャラクターに命が宿り、動き出すような絵だった。鳥山さんにしか描けない」と改めて絶賛した。

 日光市在住の漫画家一葵(いつき)さやかさんにとって、幼少期に見たドラゴンボールのアニメは漫画家を志すきっかけの一つだった。「偉大な先生を失った悲しみと同じくらい、日本の漫画界を支えてくれた強い感謝が湧いてくる」とコメントした。

 宇都宮市川向町、八重洲ブックセンター宇都宮パセオ店は、書棚に追悼のポップを掲示した。広報担当の内田俊明(うちだとしあき)さん(55)が発案し、首都圏の各店にも促した。青春時代に鳥山さんの作品を読んで育った。「心に残る作品で常に友達との話題に上がっていた。追悼の意を表したかった」

 武藤幸志(むとうこうじ)店長(45)も小学生の頃、毎週水曜の夜にドラゴンボールのアニメを欠かさず見ていた。追悼コーナーを検討しており「古いけど魅力ある作品。若い人たちにも手に取ってもらいたい」と語った。

鳥山さんを追悼するポップを掲示した書店の書棚=8日午後、宇都宮市川向町

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