【今を生きる】復興に医療で貢献 福島県南相馬市の医師、小児科診療所を開業へ #知り続ける

建設中の診療所の前に立つ山下さん。6月の開業に向けて「若い世代や子どもの力になりたい」と決意を新たにしている

 福島県南相馬市立総合病院の小児科医山下匠さん(38)は6月、小児科を主とする診療所「はらまちスマイルクリニック」を南相馬市の原町区に開業する。市内では東日本大震災と東京電力福島第1原発事故に伴い小児科の診療所はゼロに。住民が気軽に受診できる診療所が必要という使命感から独立を決めた。病気の子どもを一時的に預かる「病児保育」も始める。「復興を担う若い世代が住みやすい環境を整えたい」。相双地方の若い世代や子どもたちの力になろうと意気込む。

 山下さんは東京都足立区出身。子ども時代にかかりつけだった小児科医が地域住民から厚い信頼を得ている姿に憧れ、同じ道を志した。2011(平成23)年に自治医大を卒業し、都内の離島の診療所などで地域医療に携わった。

 2017年に所属する日本小児科学会の被災地支援に加わり、相馬市の病院で活動した。隣の南相馬市は震災と原発事故を機に小児科の診療所が絶え、拠点病院の市立総合病院の小児科も医師が足りず、入院に対応できない状況を知った。浪江町出身の妻沙緒莉さん(36)の古里に戻りたいとの思いも受け、南相馬に移り住み、2021(令和3)年4月に市立総合病院小児科の勤務医となった。

 市立総合病院では同僚と協力して10年ぶりに小児科の入院患者受け入れを再開させた。入院患者や救急外来、健診など幅広い医療活動に当たる中、体調を崩しながら診察を待つ子どもの姿も目にした。「より気軽に足を運べる診療所がほしい」。開業への意欲が徐々に高まり、新年度に後任の確保にめどが立ったことを受けて独立に踏み切った。

 「子どもが病気になると保育園に預けられず、仕事を休まないといけない」という保護者の悩みに応えようと、診療所スタッフには看護師に加えて保育士を迎え、「病児保育」の機能も備える。離島の診療所時代に専門外の治療に携わった経験を生かし、「おじいちゃん、おばあちゃんの診療も含め、なんでも相談できる地域の医師になりたい」と理想像を語る。

 震災・原発事故が起きた13年前は医師となり日が浅く、被災地と向き合う余裕はなかった。積み重ねた経験を糧に、地域に求められる医療の姿を求めて一歩を踏み出そうとしている。

    ◇    ◇

 南相馬市は診療所を開く医師や法人向けの補助制度を2016年度に設け、震災・原発事故後の医師不足解消を目指してきたが、小児科医の開業に結び付いた例はなかった。

 市の担当者は「小児科の診療所を求める市民の声は多いので、非常にありがたい。地域医療の充実につながると期待している」と開設を歓迎する。1歳の長男がいる同市の自営業玉沢堅司さん(44)は「病院は混み具合によっては診察まで待つ場合もある。急な発熱などを診てもらえる施設が身近にあると助かる」と喜んでいる。

© 株式会社福島民報社