生きづらさをテーマにした映画に救済はあるのか「夜明けのすべて」「52ヘルツのクジラたち」が描く“先”

今、日本映画では生きづらさを抱える人々に寄り添う映画が徐々に増えている。現在公開中の『夜明けのすべて』は、『そして、バトンは渡された』(2021)なども映画化もされている瀬尾まいこ氏の小説を『ケイコ 目を澄ませて』(2022)で毎日映画コンクール監督賞ほか多数の映画賞を受賞した三宅唱監督が映画化した作品だ。

物語は、パニック障害を患う山添くん(松村北斗)とPMS(月経前症候群)の影響でイライラしてしまう藤沢さん(上白石萌音)が、互いの状況に気づき、職場の人に理解してもらいながら社会生活を送っていく内容で、観客からの評判も良い。その理由は、目には見えない症状を社会に伝える映画であることと、本作が男女の交流でありながら、よく描かれがちな恋愛ドラマへと発展せずに同志として絆が結ばれることへの評価だった。

そして3月1日からは『52ヘルツのクジラたち』が公開された。本屋大賞を受賞した町田そのこ氏の小説を『八日目の蝉』(2011)で日本アカデミー賞最優秀作品賞、最優秀監督賞ほか多数の映画賞を受賞した成島出監督が映画化した。この映画にはヤングケアラー、ネグレクトなどの児童虐待、トランスジェンダーといった人々が登場する。それぞれ声に出せない悩みを抱える彼ら彼女らが、出会い、寄り添い、互いに気づき合い、必死に前に進もうとする作品だ。

ヤングケアラーを経て、母親からも責められながら生きてきた主人公・貴瑚(杉咲花)が、声を発しない少年と出会う。貴瑚は少年が虐待を受けていることを知り、過去に自分の心の叫びに気づいてくれた友人たちとの思い出が蘇ってくる。そのことから彼女が少年を救おうと行動してゆく姿が映し出されるのだ。

両作品とも共通するのは、声に出さない限り、表面上は気づかれにくい当事者の悩み苦しみであり、周囲が察したり、一歩踏み込んで手を差し伸べることで、生きづらさから救われる可能性がある人々の物語だ。まだまだ不寛容な社会で、私たち個人が気づき、助け合うことの重要さを伝えた作品だったが、実のところ私の心にはわだかまりが残っている。なぜならば、きっとあの物語の先には実は問題が山積みで、私たち観客がそれに気づかなければいけないからだ。

例えば、貧困に喘ぐ子どもや大人が、無料でかけられる電話相談の受け手は多くの訓練を受けたもののボランティアで活動する団体も多い。一体、公的助成金はどうなっているのか?他にも児童養護施設の運営資金は足りているのだろうか?といったことに興味を持って欲しい。この2作のように似たような症状や経験を持つ者同士や、生きづらさを抱える者同士が支え合うのではなく、本来なら心も元気である私たちがいち早く気づかなければいけない社会問題だ。そのことにどれだけの人が気づけるのだろうか。もしかしたら私は自分の友人を心の病で失いやっと気づいたからこそ、悔しいのかもしれない。

(映画コメンテイター・伊藤さとり)

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