娘を破談にさせたい毒母「あんたは私を不幸にした」幸せを諦めかけた女性を救った再婚相手の機転

<前編のあらすじ>

幼い頃から母親の支配を受けてきた山口紗理さん。マザコン夫との離婚後、母親の会社を手伝うことになった。ある時、母親の兄嫁いびりが原因で兄が実家を出てしまい戻らなくなった。兄の代わりに跡継ぎとなった山口さんは、「会社の運転資金を借りるため」と母親に指示されるがまま、連帯保証人の欄にサインをしてしまう。

心の崩壊

母親の会社で働き始めて約20年。ずっと従順ないい子だった山口さんだが、母親に振り回される人生に嫌気が差し始めた。言いつけを守らなくなっていく山口さんにいら立つ母親は他の従業員をいじめ、いじめられた従業員は耐えきれず辞めていく。

従業員に辞められて困るのは穴埋めをする山口さんだった。求人を出して採用するが、母親は「勝手に採用した!」と激怒。採用したばかりの新人をいびり、1週間で追い出してしまう。その新人が辞めた日。ドヤ顔で母親は言った。

「ほら見てごらん、すぐ辞めていったろ? あんたに見る目がないのが分かったか! あんな人を雇った責任はどう取るつもりかね?」

渋々謝罪する山口さんに、母親は畳み掛ける。

「口先だけで謝るのは簡単よ。土下座してもらおうか?」

営業時間中、大通りに面したガラス張りの店の中で、山口さんは土下座した。母親が何も言わないので顔を上げると、母親は笑っていた。顔を上げ、立ち上がろうとした山口さんと目が合った途端、

「あんたかわいいねぇ。抱いてあげる!」

母親は山口さんに抱きついた。

山口さんに、そこからの記憶はない。

「長年、必死で保ち続けていた私の心は、この時に崩壊したのです……」

拒絶反応

その日から山口さんの体に異変が生じ始めた。

母親の姿を見ると体が硬直し、手は震え出し、唇は真っ青になる。めまいと吐き気に襲われ病院へ行くと、メニエール病と診断された。その後も突発性難聴、自律神経失調症などを発症した。

それでも休むことなく働いていると、母親が「こんな利益じゃ給料は払えないし、銀行へ返済できない。もっと利益を出せ」と追い打ちをかける。

そして連帯保証人になって1年もたたないある日のこと、再び銀行の営業マンが会社を訪問。山口さんも同席を求められる。話の内容はこうだ。

「会社の借入金の返済がきつい」と母親から連絡があったため、返済期間を延ばすのだと言う。

山口さんは、「この前の借り入れしたお金はどうなったんですか?」と母親にたずねる。

すると母親は、「今までお金が足らない時、私が立て替えて出してたから、全部戻してもらってもうないよ」と平然と答える。

「え? ないのに返済が苦しいからって、月々の返済額を減らして返済期間を延ばす……? 70才を過ぎた母の借金の返済期間を延ばすことができるのも、私という連帯保証人がいるからできることでしょうけれど、意味が分かりませんでした」

再婚と絶縁

山口さんは、長男が就職し、長女が高校生になった時、ふとこれからの自分の人生に寂しさを感じ、結婚相談所に登録。1カ月後、男性を紹介された山口さんは、何度か面会するうちに、その男性との再婚を決意する。

ある日の仕事終わり。山口さんは母親に再婚相手の男性と会ってほしいことを伝える。すると母親はすごい形相をしつつもうなずいた。

当日。予約してあったレストランへ男性と向かう。

母親が待つテーブルにつき、「初めまして。この度……」と男性が挨拶をしようとした瞬間、母親はそれを遮って言った。

「あなた、うちの借金がいくらあるか知ってるの?」

瞬時に「破談にする気だ」と察した山口さんは、母親を止めようとする。しかし男性は平然と答えた。

「はい。聞いています」

「へぇー……じゃあ、あなたが払ってくれるわけ?」

山口さんが「あー……。もう終わった……」と思って下を向くと、「はい。僕も協力したいと思っています」と男性は毅然(きぜん)として言う。

一瞬面くらった母親は、「はいはい、どうぞ勝手に結婚でも何でもしてください。あんたらは幸せになればいい。私は1人で生きていきます。親子の縁を切りましょう。あ、それからあんたクビね」と言って山口さんをにらみつける。

「母はお得意の『親子の縁を切る』を持ち出せば、私が結婚をやめると思っていたのでしょう。今までずっとそれで言うことを聞いてきたから。でももう限界でした。悩むことなく私は『絶縁とクビ』の方を選びました」

その瞬間、激昂した母親は一方的に山口さんを罵倒する。

「どこの馬の骨とも分からん人を急に連れてきて、今まで育ててもらった恩も忘れて! あんたは自分のことしか考えてない! あんたがどんなに悪い人間か、私がこの人に教えてやろうか? あんたは子どもたちと私を不幸にした! あんたは人を不幸にする! あんたはクビだ! いつ出ていく?」

言うだけ言うと母親は1人で立ち去っていった。母親の車が去っていくのを見届けた後、男性の車に乗った山口さんは、子どものように声を上げて泣いた。

その日は山口さんの45歳の誕生日だった。

毒の連鎖

「絶縁とクビ」を選んだ山口さんは初めての起業を計画。不動産屋を回り、資金調達に奔走。しかしその道を阻んだのは、母親の会社の借金の連帯保証人になっていたことだった。

事業計画書を作り、4軒の銀行と商工会議所に融資を依頼したが、「連帯保証人になられているので、これ以上の融資はできません」と断られてしまう。

一方では支払いが滞る母親のせいで、銀行からの督促電話が毎日のようにかかってくる。山口さんは鬱(うつ)になりそうだった。

らちが明かないため山口さんは、市外の銀行まで行って相談。すると、その銀行の支店長は、連帯保証人になっていることを知った上で、「信用商売なのでうそは無しにしてください。あなたを信じます」と言って500万円の融資を受け入れてくれた。そのお金で山口さんは母親の会社の負債を一部負担。晴れて自由を手に入れることができたのだ。

「その時はただ、母との関係がこれで終わるなら。この取り立てから逃れることができるのなら。それしかないと思ったのです。結果私は500万円の借金を背負いましたが、自由と、子どもたちを金銭トラブルに巻き込まなかったこと、起業して得た仕事と再婚した夫との静かな暮らしなどを得られました」

4年前、このときの500万円の返済が完全に終わった。山口さんの子どもたちは結婚し、それぞれ幸せに暮らしている。

「私は母のことが好きだったんだと思います。嫌われたくない。愛してほしい。幼い頃は必死でした。それは私が大人になって、母の言動に嫌気が差しても変わらなかったのでしょう。母の機嫌をとるために、連帯保証人の欄に名前を書いてしまいました」

山口さんいわく、母親の5人の姉妹たちは全員毒母となっており、現在も毒の連鎖が続いているという。おそらく母方の祖父母も毒親だったのだろう。

「毒親育ちの私ですが、私は子どもたちを毒牙にかけず、無事に育てられたかな……?これからも遠くから見守っていきたいと思います」

旦木 瑞穂/ジャーナリスト・グラフィックデザイナー

愛知県出身。アートディレクターなどを経て2015年に独立。グラフィックデザイン、イラスト制作のほか、終活・介護など、家庭問題に関する記事執筆を行う。主な執筆媒体は、プレジデントオンライン『誰も知らない、シングル介護・ダブルケアの世界』『家庭のタブー』、現代ビジネスオンライン『子どもは親の所有物じゃない』、東洋経済オンライン『子育てと介護 ダブルケアの現実』、毎日新聞出版『サンデー毎日「完璧な終活」』、日経ARIA「今から始める『親』のこと」など。著書に『毒母は連鎖する〜子どもを「所有物扱い」する母親たち〜』(光文社)がある。

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