奨学金受給が与える、高等教育卒業後「結婚人生の落差」 女性だけが負の影響が大きいナゾ...慶応大学が驚きの研究

貸与型奨学金を受給した女性が、結婚のタイミングが遅くなり、出産する子どもが少なくなる傾向にあることが、慶應義塾大学などのグループの研究でわかった。

男性のライフステージには特に影響がみられないため、研究グループでは、奨学金の負債返済が女性の結婚や子持ちに負の影響を与えている要因として、女性の低賃金や既婚女性の家事負担集中などの可能性を推測している。

最近、大学生の奨学金受給率が高まっており、少子化が深刻化するなか、家族形成への影響にも配慮した奨学金制度のあり方が問われそうだ。

同じ女性でも、大卒より専門学校や短大卒に負の影響が大きい

独立行政法人・日本学生支援機構などから奨学金を受ける学生は、1990年代は10%台だったが、近年は40%台にはね上がっている。40代半ばまでの成人のうち、4人に1人が奨学金を利用した計算になる。

奨学金には「貸与奨学金」と「給付奨学金」がある。とくに、前者の「貸与奨学金」は学費や生活費を「借りる」奨学金。在学中は返済の必要はないが、卒業後は働いて返済していかなくてはならない。

一方、後者の「給付奨学金」は返済の必要がないが、受給できる基準が厳しい。住民税非課税世帯か、それに準ずる世帯に限られるため、利用できる学生は少ない。

2020年以降、給付奨学金は大幅に拡充されているが、我が国の奨学金は依然、大半が貸与奨学金だ。その結果、毎年30万人前後の若者が奨学金の負債を抱えたまま、社会に巣立ち、暮らしや家族形成への影響を心配する声が出ている。

奨学金は大学進学の下支えになる一方、負債が若年世代に与える影響の懸念は各国で広がっている。

たとえば米国では、奨学金負債が若者の就職、転職、結婚、出産、車・住宅の購入などに及ぼす影響の実証研究が数多く発表されている。しかし、日本では若者の結婚、出産に与える影響を検証した実証研究がほとんどなかった。

そこで、2024年2月26日に「奨学金の負債が若者の家族形成に与える影響-『JHPS第二世代付帯調査』に基づく研究」を発表したのが、慶應義塾大学経済学部附属経済研究所の王杰(ワン・ジェ)特任講師や同学部の赤林英夫教授らの研究グループだ。

研究グループは同研究所の「パネルデータ設計・解析センター」と「こどもの機会均等研究センター」が2017年に収集した社会人データのうち、20~49歳の高等教育を受けていた対象者568人を分析した。このデータには、在学時点での詳細な成績、奨学金情報や、卒業後の婚姻、出産などのライフイベントに関する情報が含まれている。

奨学金の負債返済が専門学校・短大・大学等を卒業した後のライフイベント(結婚確率)にどんな影響を与えるか。

「奨学金を利用したグループ」(Loan)と、「利用しなかったグループ」(No Loan)と比べた結果を表わしたのが、【図表1】(男性)と【図表2】(女性)のグラフだ。

(図表1)奨学金受給グループ(Loan)と、受給しないグループ(No Loan)の男性の結婚確率(慶応義塾大学作成)

(図表2)奨学金受給グループ(Loan)と、受給しないグループ(No Loan)の女性の結婚確率(慶応義塾大学作成)

これを見ると、男性は両者の間では、その後の結婚確率にほとんど差がない。しかし、女性は、受給した人のほうが結婚確率は明らかに低くなり、有意な影響(統計学的に偶然起こった差ではなく、意味がある差)を受け、結婚に負の影響を受けていることがわかった。

出産に関しても、男性が持つ子どもの数に奨学金受給の影響は見られなかったが、女性が持つ子どもの数に負の影響が示されている。また、結婚確率と出産の負の影響は、同じ女性でも大卒以上より、とりわけ専門学校・短大卒(2年制)のほうが大きかった。ただし、受給した額自体は、男女ともその後のライフステージに統計的に有意な差があるほどの影響を与えない結果になっている。

こうした結果から研究グループは、

「奨学金負債が、男性ではなく、女性の家族形成への負の影響がより明確に示された。女性の低賃金、大卒女性と短大卒女性の賃金差、既婚女性への家事育児負担の集中の影響を推測する」

として、

「少子化と非婚化が日本社会の最大の課題になりつつあるなか、その解決のためには、奨学金制度の改善も必要である」

と訴えている。

※【原論文情報】Wang,Jie, Hideo Akabayashi, Masayuki Kobayashi, and Shinpei Sano. 2024."Student loan debt and family formation of youth in Japan". Studies in Higher Education. (06 February 2024) DOI: 10.1080/03075079.2024.2307972.
https://www.tandfonline.com/doi/full/10.1080/03075079.2024.2307972

女性対象者の子ども数平均値は0.5人、もらわなかった人では0.8人

J-CASTニュースBiz編集部は、研究発表を行なった慶応義塾大学の王杰(ワン・ジェ)特任講師に話を聞いた。

――貸与奨学金の受給が、男性のその後の人生には影響が与えないが、女性の結婚率や子どもの数といったライフステージは負の影響を与えている結果が、衝撃的です。

やはりズバリ、現在の働く女性が抱えている問題、女性の低賃金、大卒女性と短大卒女性との賃金格差、家事育児の負担などが影響しているのですか。

王さん 今回の研究では、奨学金負債が家族形成(結婚のタイミング、子どもの数)に与える影響を検証しました。とりわけ2年制高等教育(短大等)を受けた女性では、奨学金を受給したグループは受給していないグループに比べ、結婚のタイミングが遅く、子どもの数が少ない結果がはっきり出ています。

ただし、男性ではなく、女性の家族形成に負の影響を与える理由に関しては、関連情報のデータ欠如のため、検証できていません。女性の低賃金、大卒女性と短大卒女性との賃金差、既婚女性への家事育児負担の集中などは、日本社会の実態を考慮した推測に留まります。

――分析データで、具体的に女性の子どもの少なさ、結婚のタイミングの遅さでは、どのくらいの差がローン返済者と非ローン返済者との間で生じているのですか。

王さん 対象者の年齢は20~49歳です。貸与奨学金を受給した女性のもつ子ども数の平均値は0.52人で、受給しなかった女性のもつ子ども数の平均値は0.82人です。未婚確率(結婚のタイミング)の差は時期によって異なりますが、35歳前後では、奨学金を受給した女性の未婚率は受給しなかった女性と比べ、約13%高いです。

もちろん、平均値はデータの偏りに影響される可能性があります。しかし、今回の研究では「多変量回帰分析モデル」という、ビジネス分野における将来の売上予想や、医療分野における治療効果予想などで利用され、他国でも奨学金の研究で用いられている標準的分析方法を使いました。

その分析で、貸与奨学金の受給の有無が統計学的に有意な差をもたらしているという結果が出たことが、もっと重要だと理解しています。

米国では男女別、人種別の影響の違いの研究が盛ん

――つまり、貸与奨学金が女性のその後の人生に負の影響を与えていることが観察されたということですね。

ところで、米国では奨学金負債者の急増に関連して、多くの実証研究を発表されているとありますが、米国では、今回のように男子学生と女子学生の人生に明確な影響の差が出た研究はありますか。それとも、日本独特の結果といえるのでしょうか。

王さん 米国では奨学金負債の影響に関し、多くの先行研究が蓄積されてきました。結婚と出産への影響でも男女の違いが検証されていますが、結論はさまざまで、一致するとは限りません。たとえば、結婚に関しては、こんな研究結果が示されています。

「学生ローン負債は結婚確率に負の影響を与える」(Stone&Horn 2012;Gicheva 2013&2016; Bozick&Estacion 2014; Addo 2014)。「結婚確率には関連しない」(Zhang、2013)。「結婚の満足度に影響を与える」(Dew、2008)。このうち、「Gicheva 2013&2016」、「Bozick & Estacion2014」 、「Addo2014」の研究では、奨学金負債はとりわけ女性の結婚を遅らせると結論づけています。

一方、出生に関連してもこんな研究があります。

「子ども数を下げ、出生率を下げる」(Nau&Dwyer&Hodson、2015)。「出生への影響は、親の性別人種別によって異なる」(Min&Taylor、2018)。米国では、性別だけでなく、人種別の影響調査も行われているのです。

検証待ったなし、政府は貸与型奨学金の影響を知るべき

――なるほど、米国でもそうなのですか。奨学金受給の負債の影響力は、けっこう大きいのですね。

ところで、研究リポートで、「奨学金制度の設計では、家族形成への影響を配慮する必要がある」と訴えていますが、具体的に奨学金制度をどう改革したらよいと考えていますか。

王さん 本研究の分析結果から、ただちに男女別に奨学金受給の選考基準をつくる検討にはつながらないと考えています。奨学金返済の改善策について、各国でも工夫が進み、米国では学生ローンの一部返済免除や、ハンガリーでは高学歴女性の出産を促すための学生ローン返済減免が知られています。

なによりも政府は、貸与型奨学金は受給者のその後の人生にさまざまな影響を与えうるという認識を共有すべきです。そしてそれを前提に、政府の責任で、貸与奨学金受給者と非受給者を比較できる、十分なサンプル数と多くの情報を確保したナショナルデータを収集し、貸与奨学金が若者のライフスタイル全般に与える影響を検証する研究をオープンに推進する必要があります。

少子化に苦しむ日本社会では、奨学金負債が若い世代の結婚、出産に与える影響の検証は待ったなしです。

――今回の研究リポートのことで、特に強調しておきたいことがありますか。

王さん 私たちの研究はナショナルデータを用いたものの、サンプルサイズが大きくありません。また、奨学金と家族形成の間の因果関係を厳格に立証するには情報が不足しています。さらに検証する必要があります。

男女差の原因を究明するには、貸与奨学金の受給の有無や返済状況、学生時代の成績、アルバイト経験、卒業後の就業状況のほか、年収、初婚年齢、子どもの数、家事に費やす時間などを数年ごとに把握し、若い世代のライフスタイルを動態的に捉え、男女別に比較研究を行う必要があります。

研究グループでは、これからも調査を続け、奨学金政策がもたらす効果や長期的な影響の究明に貢献することを目指します。

(J-CASTニュースBiz編集部 福田和郎)


【プロフィール】
王 杰(ワン・ジェ) 通称名:王 傑(おう・けつ)
慶應義塾大学経済学部経済研究所特任講師

お茶の水女子大学大学院人間文化研究科博士後期課程修了。専門は教育社会学。中国・清華大学外国語学部助教・専任講師、お茶の水女子大学リサーチフェロー・特任講師、学術振興会特別研究員(RPD)、東京大学特任研究員などを経て現職。
主な著書に『中国高等教育の拡大と教育機会の変容』(東信堂、2008年)。共著に『教育機会均等への挑戦―授業料と奨学金の8か国比較』(東信堂、2012年)、『平等の教育社会学―現代教育の診断と処方箋』(勁草書房、2019年)など。

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