【マレーシア】華人系学校の多民族化進む[社会] 中国語教育熱高まる、違憲論争の中

華人小学校では、中国語教育熱や少子化で年々多民族化が進んでいる=14日、クアラルンプール(NNA撮影)

マレーシアでは今週、公立学校の新学年が始まった。近年、民族の壁を越えて「vernacular school(民族語学校)」と呼ばれる公立の華人小学校、タミル語小学校に入学する生徒の数が増え、話題を呼んでいる。特にマレー半島部の華人小学校ではイスラム教徒(ムスリム)のマレー系生徒の増加が顕著で、背景には将来を見越した中国語教育熱があるようだ。また、華人学校は寄付金をはじめとする資金が豊富で、設備が整っているという利点もある。一方、社会の保守化が進む中、民族語教育は国民の団結を阻むとして議論の的にもなっている。【降旗愛子】

多民族国家のマレーシアでは、母語による教育の権利が認められている。公立学校は基本的に国語のマレー語が教授言語となるが、初等教育では、全人口の約2割と1割弱をそれぞれ占める華人系とインド系向けに、中国語とタミル語で指導する民族語学校が存在する。

地元メディアによると、近年、こうした民族語学校、特に華人小学校に進学するマレー系生徒が増加している。背景には、国際社会で中国の存在感が高まる中で、子どもに中国語を習得させたいと考える親が増えていることがあるようだ。

中国はマレーシアにとって最大の貿易相手国。国内でも、マレー半島を横断する東海岸鉄道(ECRL)をはじめ、多額の投資を行っている。アンワル・イブラヒム首相は就任から1年足らずで2度訪中し、今年末にも訪問を予定しているという。国際会議の場でもたびたび中国との関係良好ぶりをアピールし、注目を集めている。

中国は高等教育分野でも、マレーシアで存在感を高めている。首都圏スランゴール州には中国の主要大学としては初めての海外分校となった厦門大学のキャンパスがあるほか、東マレーシアのサラワク州は復旦大学の分校誘致を進めている。マレーシア政府は、技術・職業教育・訓練(TVET)教育で、日本、韓国に加えて、中国にも国費留学生を派遣する方針だ。

■学力の高さに定評

民族語学校は、マレー語中心の公立学校に比べて英語での指導科目が多いことや、規律が厳しく指導熱心な教師が多いことから、総合的に学力が高いとされる。学習指導の厳しさに定評がある華人学校に加え、近年ではタミル語学校も、理数系分野に強いと評判が高まっている。子どもの教育に対する関心が高い家庭にとって、こうした点が魅力になっているようだ。

民族語学校を希望する家庭が増える背景には、学校のインフラ格差もある。民族語学校は相互援助の考え方が強く、同窓会やコミュニティーにおける組織の結束力が強い。特に華人系は「故郷に錦を飾る」意識が強く、後進の教育に熱心だ。その結果、民族語学校は卒業生や地域企業による寄付金が集まりやすく、一般の公立学校に比べて資金が豊富で、エアコン完備のホール、最新のデジタル機器などの設備が整っている。

クアラルンプール市内中心部のペトロナス・ツインタワーから直線距離でわずか1キロメートルほどに位置する公立チュンホワ華人小学校。政府の教育変革プログラムの重点校にも選ばれた名門校だ。

午前の部が終わるころに学校を訪れると、子どもを待つマレー系保護者の姿が目立った。市内北部の住宅地から小学3年生の息子を通わせているというマレー系の母親は、上の2人の子どもはマレー語の公立学校に通わせたが、チュンホワ小の評判を聞き、息子の入学を決めた。上2人の学校に比べて設備が充実しており、放課後には中国語の補習クラスも実施されている。母親は「今後ますます中国は世界的に重要になってくると思う。息子には中国語を流ちょうに話せるようになってほしい」と話した。

■少子化が後押し

華人小学校の多民族化が進む背景には、少子化もある。マレーシアの国内の合計特殊出生率(15~49歳の女性が一生の間に産む子どもの平均数)は2022年時点で1.6。多産傾向があるイスラム教徒のマレー系は2.1である一方で、インド系は1.1、華人系は0.8と民族間で大きな開きがある。その結果、少子化の加速具合に差があり、先ごろは「華人系の少子化が華人学校を消滅させる」と警告した与党議員の発言が話題になった。

教育省によると、華人小学校におけるマレー系生徒の割合は、10年の9.5%から20年には15.3%まで上昇した。マレー語中心の教育が行われる公立学校の生徒の9割超がマレー系で占められているのとは対照的に、民族語学校の多民族化ぶりがうかがえ、今後ますます華人系以外の生徒によって存続する華人小学校が増えそうだ。

過疎化が進む地方は特に顕著で、華人系以外の生徒が半数以上を占める華人小学校の存在がたびたび地元メディアで話題になる。スランゴール州の農村部にある華人小学校は、これまで生徒の53%がマレー系となっていた。華人系の都市移住に伴うもので、同校はこのほど都市部に近い新興住宅地に移転。今後はより多くの華人系生徒が入学するとみられている。

■多言語教育は競争力の源泉

教育熱心な家庭から民族語学校の教育が支持される一方で、民族語教育は分断を生み、国民の団結を阻むとして議論の的にもなっている。特に、マレー系人口が他民族を圧倒し、イスラム保守化が進む近年はそうした声も大きくなっている。

マレーシアの連邦裁判所(最高裁)は今年2月、華人学校およびタミル語学校の存在は合憲であるとの判断を下し、民族語学校の存続に異議を申し立てた地元のマレー系非政府組織(NGO)の訴えを退けた。

新学年の開始で再び民族語学校への批判も高まっているが、アーロン・アゴ・ダガン国家統一相は先に、「民族学校は分裂の要因ではなく、むしろ団結の基盤である」との見解を表明。多様な背景を持つ生徒たちが学ぶ民族語学校は、互いを思いやり、異文化を理解する場となっていると擁護した。

ファドリナ・シデック教育相も、1996年教育法に従い、政府は民族語学校の存続を支持すると表明している。

日本貿易振興機構(ジェトロ)クアラルンプール事務所が昨年、マレーシアで操業する日系企業を対象に実施した調査では、投資環境上のメリットとして、8割の企業が言語・コミュニケーション上の障害の少なさを挙げている。多言語・多文化教育をもたらす民族語学校は、引き続きマレーシアの競争力の源泉であることが求められている。

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