ネガティブイメージだった足立区が「あやセンターぐるぐる」で仕掛ける街づくり

2022年「SDGs未来都市」と「自治体SDGsモデル事業」にダブル選定された足立区。かつては「治安が悪そう」「生活保護世帯が多そう」といったネガティブなイメージで語られがちだったが、そんなマイナスイメージの払拭に努める足立区が今、綾瀬地区を中心に新たな街づくりに取り組んでいる。

綾瀬は東京メトロ千代田線の始発駅であり、駅前には大きな都立公園があり、若い世代も足立区の他エリアと比べて多いというポテンシャルを持っているが、現状は神奈川の綾瀬市とも間違えられがちな、ややマイナーな街である。そんな綾瀬のガード下に「あやセンターぐるぐる」という気になるネーミングの施設がある。

今回、ニュースクランチでは足立区政策経営部の伊東貴志氏と小宮舞子氏にインタビューし、同区が綾瀬地区で仕掛ける取り組みの展望を明らかにしていく。

▲足立区政策経営部の伊東貴志氏と小宮舞子氏【WANI BOOKS-“NewsCrunch”-Interview】

貧困から生まれるさまざまな弊害

――私自身、足立区民なのですが、そんな足立区民である私も最近知ったことなんですけど、2022年度において、足立区が「SDGs未来都市」と「自治体SDGsモデル事業」に都内で唯一ダブル選定された理由は、どこにあるとお考えですか?

伊東:まず足立区には貧困の連鎖という大きな課題がありますが、その課題認識と解決のためのアプローチが明確だったことが評価されたようです。区として貧困という課題を前面に出すことは、それなりに勇気のいることなんですが、その思い切りのよさも珍しかったと内閣府の担当者から伺っています。区民の感情としては複雑だと思いますが、いろいろな数値にも貧困の影響が現れていて、隠しきれない現状があると考えております。

――主にどんな面で数値として現れてきたのでしょうか?

伊東:生活保護の世帯数をはじめ、健康や子どもの学力、治安面などです。この健康・学力・治安の課題の根っこにあるのが「貧困の連鎖」です。足立区は2015年から子どもをターゲットにした貧困対策に取り組んでいます。学力の支援はもちろん、子どもたちの体験の格差をなくすことも重視しているんです。

――具体的に、体験の格差とはなんでしょうか?

伊東:一定の収入があればどこか旅行に出かけたり、芸術や演劇を鑑賞したりする機会を得やすいですが、貧困に苦しんでいる世帯は、そんな余裕も意識もないのが現状です。それを「体験の格差」と呼んでいます。

子どもたちが平等にさまざまな芸術に触れることができれば、そこで好きなことが見つかり、将来の道が開けるかもしれないですよね。金銭の支援は大事ですが、それが子どもたちに回るかというと必ずしもそうでなかったりします。

そこで、足立区では2022年度に全区立小学校の5年生(約5,100人)を対象に、劇団四季の『ライオンキング』と『美女と野獣』の鑑賞会を実施しました。初めて本格的な芸術作品を見た子どももいましたし、自分と同じくらいの年齢の子が演じている姿を見て、刺激を受けた子どもも多かったようです。

――中学生を対象にした無料の学習支援もあるそうですね。

伊東:「足立はばたき塾」では、学ぶ意欲は高いけれど家庭の事情で塾などに通えない子どもたちに、無料で学びの場を提供しています。選抜試験を実施して、民間学習塾のトップクラスの講師を招いてレベルの高い授業を実施しています。

20年間シャッターの閉じていた店舗をリノベーション

――足立区民としては、2023年10月に綾瀬のガード下に突如オープンした「あやセンターぐるぐる」についてもお聞きしたいです。以前の殺伐とした空間を知る身としては、非常に気になる場所です。

▲「あやセンターぐるぐる」外観

小宮:あやセンターぐるぐるは「やってみたいを、やってみる。」をコンセプトにしたコミュニティ拠点です。何かを始めたい人がぼんやりとした企画を持ち寄って、常駐するコミュニティビルダーとともに輪郭をつくって、徐々に形にしていく場なんです。施設は「やってみたい」ことを見つける場のoasis、「やってみたい」ことをカタチにする場のbase、「やってみる」にチャレンジする場のparkの3つに分かれています。

伊東:本屋であるoasisから何か企画のヒントを得て、baseで相談して、parkで実践する。そんなイメージを持っていただければ。oasisで隣り合ったお客さんとコミュニケーションを取ってもいいし、parkは普段はコワーキングスペースとしても利用できます。

あやセンターぐるぐるは、ガード下で20年近くシャッターが閉まっていた店舗をリノベーションした空間です。夜になると薄暗く、通るのが怖いという声も寄せられていました。ある意味、区のマイナスイメージの象徴でもあり、このイメージも貧困の遠因になっていると私たちは考えています。

――たしかに、かつてのあそこは地元の人でも通りたくはないでしょうね。ちなみに、お二人があやセンターぐるぐるでイベントをやるとしたら?

小宮:私は食べることが好きなので、「食」に関するイベントをやってみたいです。実際に「餃子じゃNight」というイベントを開催しました。綾瀬近くにあるおススメの餃子とビールを楽しみながら交流を深めることを目的としています。集客への不安はありましたが、当日は、20代~50代の15名ほど集まり、趣味の話や仕事の悩みなど、初対面にも関わらず盛り上がりました。

何かを始めてみるには、大きなことではなく、本当にこのくらいライトなイベントでいいと思ってるんです。ぜひ、皆さんも好きなものから新しい何かを初めてみてください。

伊東:私は子どもが参加できるイベントがいいですね。先日、「思いっきり落書きするとか、ふすまを破るとか、家では親に怒られるようなことを思いっきりできるイベントをやりたい」と話していた人がいました。これは、大人も子どもも参加できる楽しそうなイベントだと思います。

▲実際にイベントの企画は多数寄せられているそう

通りかかった人に「?」と思わせる空間

――シンプルなフォントに、子どもが描いたようなぐるぐるマーク。区営の施設としてはかなり攻めたデザインですね。

小宮:普通の人が描いたような親しみやすいデザインを狙っています。若い世代の方々から既存の公共施設は利用しにくい、利用したくないといった声がありましたので、そこを改善したい思いがありました。前を通った人に「ここは本屋なのか、カフェなのか?」と興味を持ってもらえるよう、ちょっとした不可解さというか、もやもや感をあえて持たせています。

――大々的なPRではなく、待ちの戦略に徹すると。

小宮:私たち行政が発信するよりも、実際に利用された方からの発信の方が、多くの方に届くし、響くと思うんです。もちろん、区や施設からの発信もしますが、口コミを大切にしていきたいです。

――オープンして実際の反響はいかがでしょうか?

小宮:こちらの予想よりも大きく、オープンから4ヶ月経ちましたが、すでに100件を超える相談をいただいています。すでに実行した企画も20件ほどあります。相談者も20代~60代という幅広いです。多いのは30代~40代の女性ですね。本当に「待ってました!」と言わんばかりの反響です。しばらくは関係性構築期として、地域の人たちとの関係性をつくるタームと考えており、一気にブレイクさせることは狙っていません。

イベントを実施するparkには30名ほどが収容可能で、ガード下なので大きな音出しも可能です。使用料は足立区民であれば、スペース全体貸しで1時間2,600円で、マイクやスピーカーなどの設備も一通りそろっています。ぜひ、もちろん区民でなくても利用していただけるので、この記事を読んで興味を持った方がいればご一報ください。

▲ぐるぐる内のbase

子どもたちの生きる力を育む試み

――昨年から同じ綾瀬地区で始まった「アヤセ未来会議」についても教えてください。

小宮:我々の事業は大きく分けて「場づくり」と「人づくり」にあると考えています。あやセンターぐるぐるが前者とするなら、アヤセ未来会議は後者です。明確なテーマは決めず、「綾瀬をもっと愛される地域に」をコンセプトに皆でアイデアを自由に出し合う場です。当初はテーマを決めないで参加者が集まるか不安でしたが、これまで10代~80代まで幅広い世代の方にご参加いただき、多世代交流の場としても機能しています。

伊東:地域活動への参加経験のある子どものほうが、そうでない子どもに比べてレジリエンス(自己肯定感・自己制御能力)が高いというデータがあります。私たちは直接的に貧困の子どもを助けるアプローチは取っていませんが、地域活動に参加する大人が増えれば、それだけ子どもたちの生き抜く力を高めることができます。大人たちが活躍できる場を生み出すことは、将来の子どもの活躍につながると考えています。

――地域活動への参加が子どものレジリエンスを高めるとは、意外な関連性があるんですね。

小宮:まずはアヤセ未来会議で地域活動に積極的な面白い人たちを見つけ、あやセンターぐるぐるで活動の場を提供する。子どもたちのロールモデルとなる大人をどんどん増やせば、子どもたちも未来に希望が持てるようになります。

「こんな生き方もあるんだ」という気づきを与え、その子どもたちにも、あやセンターを活用してもらう。道のりはスゴく遠いですが、そういったぐるぐるの循環を通して、子どもたちに逆境を乗り越える力を身につけてもらいたいんです。

伊東:学校にはできない、私たちならではの施策で面白い大人を増やすことを目的に活動しています。

――では、お二人の考える綾瀬地区の未来像を教えてください。

小宮:ここに来ればやりたいことにチャレンジできる、面白い大人たちに出会える街になってほしいですね。あえて綿密な計画は立てず、私たちは常に走りながらブラッシュアップを重ねていくスタンスです。これからも綾瀬地区の波瀾万丈を楽しんでいきたいですね。

伊東:派手さはありませんが、綾瀬は人の入れ替わりがある街なので、常に若さにあふれた面白い街になってほしいと考えています。これだけ住民が変わっているので、行政も変革の必要性を感じています。お役所的な硬さも多少は必要ですが、ほどよいユルさも必要ですし、小宮のような異端児も必要です(笑)。我々の活動が、その風穴をあけるきっかけになればいいですね。

(取材:松山 タカシ)


© 株式会社ワニブックス