スマホがなかった時代を思い出して定年する前に身につけたい読書習慣

現代人の読書離れが言われるようになって久しいです。大きな流れとしては事実そうですが、今の50代はもともとは活字で情報を取っていた世代。本を読む習慣は一度は身についています。「生活がマンネリ化してきた」「脳の老化を感じる」……そう思ったら、さあ読書! 精神科医で人気コメンテーターでもある和田秀樹氏による、いま再びの読書コト始め。

※本記事は、和田秀樹:著『50歳からの脳老化を防ぐ 脱マンネリ思考』(マガジンハウス新書:刊)より一部を抜粋編集したものです。

高齢期を充実させるためにはお金より教養

50代はいま、どれくらいのペースで本を読んでいるでしょうか。日本人の読書量についていろいろデータを調べてみると、少し驚くような数字が並んでいます。あらゆる年代を通じて月に何冊の本を読むのかといえば、ほぼ半数近くの人が0冊。

つまり1冊も本を読んでいません。これに月1冊と答えた人を合計すると、およそ80パーセントになります。つまり日本人の大半はまったく本を読まないか、せいぜい月に1冊の本しか読んでいないのです。

日本人の読書離れは、この20年ほどで深刻になったとも言われます。SNSの普及で本を読むよりも、スマホを手にする時間のほうが圧倒的に増えたせいもあるのでしょう。雑誌も読まなくなりました。どんなニュースや情報も、紙媒体よりネットのほうが早いし、しかも必要な情報だけを素早く入手できます。

かつての通勤電車は、文庫本や新書、あるいは新聞や雑誌を片手に読んでいる人が大勢いましたが、今はほぼ全員がスマホの画面に見入って文字を打ち込んでいます。ちなみに、本をまったく読まない人の比率は、この20年で10パーセント以上も増えているそうです。

若い世代の場合は、紙の本から電子書籍に移ったというのがあるかもしれませんが、電子書籍の伸びもそれほどではないので、日本人が本を読まなくなったというのは、大きな流れとしては事実なのです。

▲高齢期を充実させるためにはお金より教養 イメージ:NOBU / PIXTA

年代別に見ていくと、50代より60代以降のほうが月に1冊も本を読まない人の割合が少なく、逆に月に2~3冊から数冊以上の本を読む人の割合は高くなっていきます。

仕事を辞めて時間ができるとか、スマホやSNSにそれほど時間を費やしていないといった理由だと思いますが、おそらく高齢者ほど子ども時代や学生時代を通じて、本を読む習慣が身についていたからでしょう。

仕事の一線を退いて時間ができると、「読みたかった本が好きなだけ読めるんだ」とうれしくなります。

ただ逆に考えると、「時間さえあったらもっと本を読みたい」「読みたい本がたくさんあるけど、今は時間が足りない」といった一種の飢餓感、本を読むことへの憧れがなければ、たとえ定年後にあり余る時間を手にしても、漠然と時間が過ぎていくのでは……という危惧感がわたしにはあります。

いまさら読書の効用を説明しようとは思いませんが、好きなことを楽しむ場合でも、やってみたいことを学ぶ場合でも、あるいは知識の幅を広げたり掘り下げたりする場合でも、本を読むことは最初のステップになります。

読書を通して身についた教養は、人間関係を豊かにしてくれます。じつは、わたしは高齢期を充実させるためには、おカネより何より「教養」=「思考の習慣」こそが大切だと思っているのです。

読書量が多かった時代に育ってきた団塊ジュニア

今の50代は団塊ジュニアと言われるように人口が多い世代ですから、受験勉強でもそれなりの苦労をしています。子どもの頃から机に向かう時間、いわゆる学習習慣をつけさせられた世代でもあります。もちろん、読書好きの親世代の影響もあって、本には親しんでいます。

中学高校時代はもちろん、大学生の頃もパソコンはごく一部の人が使っているだけでした。インターネットともSNSとも無縁に学生時代を過ごしていますから、本や雑誌にはごく自然に親しんできました。今の時代よりはるかに読書量が多かったのは間違いありません。

あなたも、子どもの頃から本には親しんできたはずです。岩波少年文庫のような幅広いジャンルの名作を集めた本、学校の図書室や公共図書館で借りた本、友人同士で交換して読み合った本、自分が好きになった小説家の本も、次々に読み続けていた時期がきっとあったと思います。

社会人になって、慣れない生活に馴染むのが精一杯の時期があります。好きな本を読む時間はなかなか取れませんでした。先ほど挙げたデータでも、年代別に見ると20代30代の読書量はいちばん少なくなっていますが、スマホやSNSのせいだけでなく、この年代は本を読む時間がいちばん取れなくなる年代なのでしょう。

▲読書量が多かった時代に育ってきた団塊ジュニア イメージ:KY / PIXTA

それに比べれば、50代はまだ余裕があるはずです。受験生のような差し迫ったゴールはありません。20~30代の頃に比べれば、仕事のスケジュールもある程度、自分の裁量で決めることができます。一日1時間程度の本を読む時間なら、きっと捻出できるはずです。それを習慣づけることができれば、定年後の暮らしにも本を読む楽しみが定着します。

読書はいくつになってもできるし、知識が広がったり深まったりするたびに新しい興味がどんどん湧いてきます。少しぐらい体が不自由になっても、好奇心だけは絶やすことなく好きな世界に没頭することができるのですから、こんな幸せな生き方はないはずです。

興味のある分野の入門書から読み始めてみる

博物学という分野があります。植物や動物、鉱物など自然界に存在する、あらゆるものの種類や性質を整理して記録する学問とされていますが、要するに博物館をイメージしていただければわかると思います。

現代の科学は、自然界に存在するもののほとんどを分子レベルで解析したり、遺伝子レベルで研究して、その性質や系統、進化の過程を解明することができますから、博物学というのは過去の学問という見方をする人もいます。

ところが、アマチュアにとっては非常に魅力的な学問分野で、たとえば昆虫好きの少年が新種の昆虫を発見したり、鉱物好きの大人が思いがけない場所で貴重な鉱石を発見したりします。恐竜の化石も、しばしばアマチュアの化石好きが掘り当てたりします。

朝ドラで人気になった牧野富太郎も、少年時代から植物採集に熱中して数多くの新種を発見していることは、皆さんもご存じだと思います。

つまり、彼らは彼らで、自分なりに勉強して興味ある分野の知識を深め、分類や整理を繰り返すことで観察力を深め、それが新種の発見や思いがけない出会いを生み出すことにつながっています。これは分子レベルの解析に熱中する研究者(全体を見ずに、最初から狭い専門領域だけを学ぼうとする人)にはできないことです。

▲興味のある分野の入門書から読み始めてみる イメージ:metamorworks / PIXTA

読書の楽しみも同じではないでしょうか。自分が好きな分野や興味のある分野を入門書レベルから読み始めても、そのなかで興味が湧いたり、疑問がつぎつぎに生まれてくるような分野にぶつかれば、さらに掘り下げて教えてくれる本を探すようになります。すると、どんどん専門的な本や知識を持っている人から学ぶようになります。

とにかくワクワクした気持ちで入り口に立つことさえできれば、あとは自分の興味に従うだけでいいのです。

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