家族で挑む地元の大舞台 長崎工フェンシングのエース・四元 全国選抜大会が20日、島原で開幕

親子で全国上位を目指す(左から)四元純一、暖、澪=長崎市、長崎工高体育館

 フェンシングの第48回全国高校選抜大会が20~22日、長崎県島原市の島原復興アリーナで行われる。第2日のフルーレに出場する長崎工高の四元暖(ひなた)(17)は、父の純一(49)、兄で監督の澪(れい)(24)の指導を受けて成長してきた。家族で挑む大舞台に「少しでも成長した姿を見せて恩返しをしたい」と気持ちを高ぶらせている。
 父の純一は鹿児島県出身。鹿児島南高でフェンシングを始め、日体大3年時にインカレのエペ団体で準優勝した。2000年に長崎県で教員に採用され、諫早商高や長崎工高で監督、世代別日本代表のコーチも務めた。
 4人きょうだいで次男の澪は、北陽小4年から競技を始め、父や韓国人コーチに基礎から教え込まれた。滑石中3年で世代別日本代表入り。父と同じ鹿児島南高に進学すると、主将で臨んだ17年インターハイの団体で銀メダルに輝いた。日大進学後も2年時にインカレのフルーレ団体で優勝。4年時に再び世代別の日の丸を背負った。
 そんな2人の背中を見て育ってきた末っ子の暖が、本格的に剣を握ったのは滑石中に入ってから。当時は父が離島の北松西高に勤務しており、一緒に練習する時間も限られていた。週末に帰省した父と長崎工高の体育館に行って、高校生と一緒に汗を流していた。
 そんな環境の中、中学2年時に全国大会に出場するなど、徐々に才能が開花。高校は2人と同じ道を歩む予定だったが、中学3年の夏、兄からの連絡が転機となった。
 「長崎で就職する」
 長崎工高の外部監督就任も決まり、ここから考えが変わった。長崎に残れば、兄と一緒にフェンシングができる。地元進学に変更した。
 兄が長崎に戻る決断をした理由の一つは、弟の存在だった。「暖がいるから帰ろうと思った。指導に興味があったし、一緒に日本一を目指すのもいいかなって」。23年の国体開催に向けた鹿児島県の強化指定選手になることを辞退。22年春、父が勤務する長崎工高で3人そろって練習する日々が始まった。
 以降、暖は順調に強くなった。2年生で臨んだ昨夏のインターハイのフルーレ個人で銅メダルを獲得。団体もエースとして過去最高となる8強入りに貢献した。今年1月の全九州高校選抜大会はフルーレ団体で9年ぶりに頂点に立った。

兄で監督の四元澪(右)と試合を重ねる暖=長崎工高体育館

 成長を続ける暖を、父は「攻守のスピードが増してきて、選手としての質はある」、兄も「自分の高校生のときより強い。どんな相手でも通用する」と高く評価する。その一方で、2人は同じ言葉で注文をつける。「課題はメンタル」。厳しい指導は期待の裏返しでもある。
 九州王者として挑む地元開催の全国高校選抜大会がいよいよ開幕する。「どんなときでもチームを勝たせるエースでないといけない」。一緒に戦う仲間、家族のために…。末弟は覚悟を決めて大舞台のピストに立つ。

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