「風通しの良い相撲部屋に」大学院での学びを生かす安治川部屋の育成方針

力士数が減少している令和の時代、それぞれの相撲部屋でも現代に合った人材育成へと舵を切っている。今回、現役時代は業師として知られた元関脇・安美錦の安治川親方が、2023年6月に部屋開きをしたばかりの安治川部屋にお邪魔した。少数精鋭で他競技からのスカウトにも力を入れている親方に、指導論や部屋の運営方針について話を聞いた。

▲部屋開きしたてできれいな外観の安治川部屋

相撲が強くなったからって偉くなるわけじゃない

――2022年12月に伊勢ヶ濱部屋から独立し、2023年6月に部屋開きをした安治川部屋。現在6名の力士が所属していますが、ラグビー経験のある力士やウクライナ出身力士など、その経歴は多種多様です。別の競技からも声をかけている理由を教えてください。

安治川親方:遠い親戚が名古屋でラグビー部の監督をしていて、現役の頃から四股などを教えに行く機会があったので、そこからの広がりです。こうして親方になったいま、いろんなスポーツの練習を見に行くんですが、野球やラグビーは長時間かつ俊敏な動きで、運動量も多く、相撲よりも厳しいとすら思います。

運動してきた子は、体を鍛えることに慣れているし、それを高校や大学まで続けられるのは才能なので、それを生かせる場として相撲部屋を提供したい。相撲経験の有無にこだわりはないですし、むしろ入ってくるまでにいろんな競技をしていたほうが、伸び率は大きいと思っています。

――安治川部屋では、部屋のホームページにもあるように「人格形成」を前面に押し出しています。親方の指導の軸はどんなところにありますか?

安治川親方:まずは、普段の生活ですね。自分のことを自分でできるように、そのうえで周りにも目が行くように。相撲部屋に入ったからには強くならなきゃいけないけど、相撲が強くなったからって偉くなるわけじゃないので、そういうところを厳しく言っています。

▲安治川部屋の稽古場

自分は「嫌われ役」でいいと思っているんです

――所属する6名の力士たちは、全員がまだ10代です。指導する難しさはありますか?

安治川親方:難しさしかないですよ(笑)。でも、嫌われ役でいいと思っているんです。おかみともよく話すんですが、私たちがなんでここまでうるさく言うのか。あとからでも、本人たちが“安治川部屋に入って相撲をやって幸せだった”と思ってくれたらいいなと。そう思って今は厳しいことを言っています。

――時代やコンプライアンスの観点を含め、制御と解放の緩急が難しそうです。

安治川親方:あまり口うるさくはしたくないけど、未成年ばかりなので、どちらかというと制限のほうが多くなってしまいますね。こちらも「きっと理解してくれているだろう」と過信しすぎず、言い続けることが大事ですね。都の条例通り、夜11時以降は出歩かない、出かけるときは必ずグループLINEに連絡を入れる、そういったことは守らせながら、銭湯に行くなどの息抜きはOKしています。

部屋での情報共有に加えて、近所の商店街の皆さんにも見守りをお願いしているので「いま自転車に乗って帰っていったよ」「いま通り過ぎて挨拶してくれたよ」などと教えてもらっています。ありがたいことだね。

――部屋のなかだけでなく、地域との連携も取れているのは素晴らしいことですね。おかみさんと師匠との役割分担はどのようにされていますか?

安治川親方:相撲を教えるのは私。後援会や稽古見学、取材の対応など、部屋の経営面はおかみです。生活面に関しても、お客さんに対する態度などを細かく見て、厳しくしてくれています。また、自主性を大事にしているので、なんでもやってあげるのではなく、聞きやすい環境づくりをしながら、本人たちにプラスになるような端的なアドバイスをしてくれてます。

弟子たちには、おかみとだけのグループLINEもありますから。私に言いづらいことは、そちらに言っているみたいで、そこはうまくやっています。まぁ、おかみとのグループLINEばっかり動いていて、俺とのほうは動かないんだけど(笑)。

▲関脇・安美錦時代の写真も飾られている

まずはケガしない体づくりをすることが大事

――親方は現役時代、度重なるケガと向き合いながら、40歳近くまで土俵に立ちました。そういった経験を生かしながら、弟子がケガしたときにはどう指導していますか?

安治川親方:まずはしっかりと治すのはもちろん、そのうえでアイシングやストレッチなど、自分でできるケアは面倒くさがらずに毎日しなさいと話してます。あと、痛かったら無理しないでちゃんと申告しなさい、とも言っています。痛いなら痛いなりに、その日に取り組めるメニューがあって、やることが変わってくるからです。

また、俵があると無理して残ろうとしたり、打ちつけたりしてケガするため、稽古場の俵は取りました。まずはケガしない体づくりをすること。ただし、相撲にケガはつきものなので、うまく付き合っていくことも大切です。相撲を取る稽古は短期集中で、基礎とぶつかりを長く、大事にしています。稽古時間は長くないけれど、中身の濃い稽古ができていると思いますよ。

▲弟子たちの一日のタスクが書かれたボード

――基礎から徹底して指導してもらえると、未経験でも入ってきやすそうですね。安治川部屋では、公式LINEや各種SNSを駆使した部屋の情報発信にも積極的にしていますが、その理由はなんでしょうか?

安治川親方:開かれた、風通しの良い部屋にしようと思っているからです。興味があれば、自分の目で見て選んでもらうのが一番。そのための情報はなんでも教えますよ、というスタンスです。不安なく入ってきてくれたほうが、こちらとしてもありがたいので。入門希望者だけでなく、後援会もそう。SNSやテクノロジーもうまく活用して、いろんなつながりができる場にしたいです。

「素直で親を大切にする子」が向いている

――2021年から1年間、親方は早稲田大学大学院スポーツ科学研究科で「相撲部屋におけるおかみさんの役割について」をテーマに学ばれました。そういった考え方は、親方自身が大学院に行かれた経験が大きいのでしょうか?

安治川親方:大きいですね。考え方が広がったというか、今まで普通だと思っていたことがそうじゃないんだとか、外からの目を意識しながら物事を考えられるようになりました。今では、自分の部屋だけじゃなく、相撲界全体を支えてくれる人たちを増やすために何をすべきかを考えていきたいと思っています。弟子たちも、資格取得などのやりたいことがあったら、どんどんサポートしていきたいです。

▲しこ名の入った座布団

――伝統は守りつつ、時代に合った新しい部屋の在り方ですね。親方は、どんな子に入門してきてほしいですか?

安治川親方:まずひとつは素直な子。言われたことを素直にやってみるのが、早く上達する一番の方法です。それと、それぞれの家庭環境があるので一概には言えませんが、親を大事にしてきた子ですね。相撲って、親に心配はかけるけど、一生懸命に取り組んでいる姿は届きやすい。自分が強くなれば自分に返ってくる世界なので、親や育ててくれた人に恩返しがしたい、という気持ちの強い子がいいなと思います。

その面では“こういうことをしたい”と、ひとつ決めたものがある子が強いんです。目標は関取じゃなくたっていい。ちゃんこを覚えて将来、ちゃんこ屋をやりたいとか。やりたいことを見つけるために、後援会でいろんな人と出会いたいとか。何かひとつ、したいことを見つけて入ってきてほしい。

その点で、10代であれば「恩返し」の気持ちが持ちやすいのと、自分一人でここまで育ってきたわけではない、というところで「素直な子」に結びつくかなと思います。そういう子たちに来てもらえたらいいですね。

▲弟子思いの安治川親方と飼い犬のシロくんのツーショット


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